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【書籍化】縁談が来ない王妹は、狂犬騎士との結婚を命じられる  作者: 五月ゆき
第一部:二人が両想いになるまでの話
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6.書庫会議(前)



それが、二年前の話だ。


流血夜会事件として、恐怖とともに語られるようになったこの一件は、ただでさえ少なかったわたしの縁談話を、ゼロにまで減らした。


各国の要人が、あの事件を目撃していたし、その後も、暗殺者集団を壊滅させたことや、お兄様が王位につくまでに、いかにバーナードが敵を殲滅してきたかということが、おひれはひれもついて広まったのだ。


今では、諸外国では、バーナード一人が、一万の軍にも匹敵すると囁かれているらしい。わたしを妻に迎えることで、バーナードも一緒についてきたら、それは無傷の大軍に侵入を許すも同然である……と考えられているそうで、あの一件以来、夜会に出席しても、誰にもダンスに誘われなくなった。


まあ、それは構わないのだけど、わたしが結婚しないと、お兄様が結婚できない。そちらは困る。


─── だけど、だからといって、バーナードと結婚なんて、無茶です、お兄様……!


わたしは何度もそう訴えたけれど、お兄様は、これは王命だと譲らなかった。


しまいには、「どうしても受け入れられないというならば、アメリア! この首を刎ねて、王位につくがいい! 私とて、非道な命令をしているとわかっている。お前が玉座を奪うならば、私はそれを受け入れよう!」とまでいわれてしまった。お兄様はときどき、変な方向に大袈裟すぎる。


わたしだって、王族だ。王の子として生まれたのだ。政治のために結婚することは、覚悟してきた。


だけど、バーナードはちがう。彼は、国のためになんて割り切れはしないだろう。今でこそ爵位を持っているけれど、彼は貴族に生まれたわけじゃない。わたしたちが出会ったとき、彼は騎士ではなく、旅人だったのだ。


彼は、騎士になることを望んだわけでもないのに、わたしの身を守るために、騎士の位を受けてくれた。その後も、爵位も隊長職も、受け入れてくれた。彼には何の義務もないことだというのに、その心ひとつで、わたしに付き従ってくれたのだ。


お兄様は「騎士バーナードといえば、昔は、おとぎ話に出てくる、勇敢で心優しい騎士を思い出したものだ……。今では恐怖の象徴だがな、ハハッ」なんていうけれど、わたしはそうは思わない。バーナードは立派な騎士だ。







わたしは、自分の執務室に戻ると、書類仕事を再開しようとしたけれど、書かれている内容が、まるで頭に入ってこなかった。


バーナードのことばかり考えてしまう。書類に目を通しているふりをして、扉の前に立っている彼を、ちらりと覗き見る。


わたしの護衛騎士は、とても格好良い。


わたしがつい、見惚れてしまっても、仕方のないことだと思う。


バーナードを好きにならずにいることは、わたしにはとても難しいことだった。

過去形だ。だって、もう、ずいぶん前に、自分の心に抗うことをやめてしまったから。

今では、わたしが胸の内でこっそりと彼を好きでいることくらい、問題にはならないはずだと開き直っている。


口に出すわけじゃない。気持ちを伝えるつもりもない。

子供の頃から培ってきた自制心は、恋心相手でも、十分に機能している。

わたしにとってバーナードは『信頼できる騎士』だ。それ以上でもそれ以下でもない……と、そう振舞う演技だけは、自分でもなかなかのものだと思う。


一方、心の中では『今日も格好良いわ……』と感嘆のため息を零してみたりしている。

『これほど格好良い人が傍にいて、好きにならない人間が存在すると思う? しないわ。100人中100人が好きになるわ』と一人問答をしてみたりもしている。この気持ちを分かち合える同志がいないことだけが残念だ。

政務が忙しくても、バーナードの顔を見ると心が安らぐ。表情には出せない片想いも、慣れてしまえば楽しいものだった。


バーナードは背が高く、身体も鍛え上げられている。こげ茶色の瞳は茶目っ気があって、わたしを見ると、だいたい優しい色になる。たまに、意地の悪い冗談をいわれるときもある。そんなときの彼は、とても楽しげだ。悔しいけど、笑っている顔が、ちょっと可愛いとさえ思ってしまう。


バーナードは、誰よりも強いのに、その強さを、これといって誇示することもない。彼は、戦いになれば容赦がないけれど、その力を誇示して、弱い立場の者を虐げるような真似はしない。


それにバーナードは、容姿からして、ものすごくハンサムだ。目の保養というのは、彼のような人のことをいうのだと思う。わたしは、彼以上に格好良い男性を見たことがない。多分、百年に一度の美形だとか、そういう人なのではないだろうか?


前に、わたしの長年の侍女に、それとなく『バーナードはとても美形だと思わない?』という話を振ったら、怪訝な顔で「あの狂犬の容姿ですか……? 気にしたこともなかったといいますか、気にする余裕を持てたことがありませんでしたね。あの狂犬が、いつまた姫様の足を引っ張るような真似をするかと、気が気でなくて」といわれてしまったけれど。


でも、これはわたしが、恋で盲目になっているわけじゃない。


実際に、バーナードがとても格好良いと、女性たちが話をしているのを、うっかり立ち聞きしてしまったこともあるのだ。







あれは数ヶ月前の話だ。


その日、バーナードは、非番だった。


彼は、放っておくと、一日も休まずに護衛につこうとするので、毎回、わたしが強引に休みを取らせている。


バーナードは「俺がいなかったら誰が殿下をお守りするんです」「休みなんかいりませんよ。やることもないし、暇なだけです」「俺に一日中ボーっとして過ごせというんですか? 休日なんて虚無ですよ、虚無」と悪あがきのようにいい募るけれど、わたしはそれらをすべて却下している。


─── 内乱が続いていた頃ならともかく、今は危険な状況ではありません。あなた以外にも、近衛隊の護衛騎士はいます。彼らが守ってくれます。心配ありません。それよりも、あなたの超過勤務が問題です。……と、そう押し切っている。


その日の護衛騎士は、副隊長のチェスターと、最年少のコリンだった。


わたしは、二人とともに、王宮のはずれにある、古めかしい書庫を訪れていた。


確認したい書物があったのと、朝から書類仕事に追われていたので、軽く身体を動かしたい気持ちがあったのだ。わたしの補佐官にいえば、誰かが取りに行ってくれただろうけれど、わたしは、気分転換も兼ねて、書庫へやってきていた。


古く、がらんとして、人影もない。ただし、広さだけはある書庫だ。

わたしは奥へ奥へと歩いていき、棚をざっと見ながら、背表紙を確認して、一冊の古い文献を抜き出した。そのときだった。


誰かが、書庫の錆びついた扉を開ける音がした。

チェスターとコリンは、即座に警戒態勢を取ったけれど、響いてきたのは、賑やかなお喋りの声だった。


「アメリア殿下の近衛隊の中で? あの中で選ぶなら、あたしは断然、隊長がいいわ。ああいうワイルド系のハンサム、すっごい好みなんだよね」


「たしかに顔はいいわね。顔と身体はいい。付き合いたいとは思わないけど、まあ、酒場で声をかけられたら、まず断らないかな。一回くらい相手してほしいって思っちゃうわ」


「二人とも、嘘でしょ? あの隊長、すごく危ない人だって評判じゃない。夜会で人を切り殺したって噂よ? 狂犬なんて呼ばれてるし、わたしは絶対いや。……わたしだったら、副隊長が一番格好良いと思うな。優しそうだし、紳士的だし、立ち振る舞いも格好良くて……、本物の王子様って、ああいう人のことをいうと思わない?」


「いや、本物の王子様は、即位前の陛下だけでしょ」


「副隊長は、ルーゼン公爵家の三男だっけ? まあ、王子様に近くはあるわね」


「でしょ!? お名前はチェスター様っていうの。チェスター・ルーゼン様!」




わたしの眼の前で、チェスターが、頭を抱えた。

わたしは、ぽんぽんと彼の肩を叩いた。


こうなってしまっては、今さら出て行くのも気まずい。おそらく、書物を取りに来た下級官吏辺りだろうから、彼女たちが出て行くのを待とう。わたしはそう、チェスターとコリンの二人に目配せした。


チェスターは、よろめきながらも頷き、コリンは、ワクワクした顔で、コクコクと首を振った。




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― 新着の感想 ―
[一言] バーナードおかしいと思ってたけど、これ姫もちょっとおかしいな?
[良い点] バーナードの顔をいかにもバーサーカーな顔してると言い切るお兄ちゃんの安定感が最高 100人中100人惚れるは完全に恋に飲まれてて姫様も最高ですし休日が虚無のバーナードも愛情振り切れちゃって…
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