15.いちゃいちゃ大作戦~お姫様抱っこ編~
───みなに知らしめるためには、衆目を集められる場所で行う必要があります。道の両端にずらりと店が並ぶことで有名な花通りの朝市がいいでしょう。賑わいと活気があることで知られていて、初めて訪れるものは道に迷ってしまうとまでいわれるほどの人混みですからね。
わたしとバーナードは、二人だけで王宮を抜け出して、朝市でお忍びデートをするのです。こら、『護衛が俺一人など許しませんが』という顔をしないでください。以前から思っていたのですが、あなた一人でも十分ではありませんか?
お兄様の即位以降、王都の治安は大幅に改善されましたし、国内を飛び回っていた頃に比べたら、ずっと安全でしょう。あなたは最強の騎士ですし、わたしたちは婚約者なのですから、二人きりでお忍びデートというのは大いにありかと───に、にくかべ……?
いざというときの肉壁として人員は多いほうがいい?
バーナード、あなたはまたそういうことを。部下を肉壁として数えるのはやめましょうね。ほら、チェスターも凄い顔をしているではありませんか。
ええ、それは確かに、チェスターはあなたの次に腕が立ちますけど、いえ、「生き延びる肉壁だからいい」というものではありませんよ。
有事の際にはわたしはあなたたちに盾となれと命じる身です。このようなことをいうのはおこがましいかもしれません。ですが、あなたたちの誰一人として欠けてほしくないというのもまた、わたしの本心です。
……わかってくれましたか。ええ、そう「頑丈な肉壁になるまで鍛えます」……、いえ、それも何かちがうといいますか……、ありがとうチェスター、あなたのいう通り肉壁から離れましょう。
何の話をしていましたか。ああ、そうでしたね、わたしとバーナードが二人きりでお忍びデートをする話です。そうです、二人きりで露店を見て回ったり、買い食いをしてみたりするのです。
ふふっ、ライアンに流行りのお店も教えてもらったのですよ。朝市の最近の人気の品はですね、スミレ酒を沁み込ませた黒麦パンにナッツと雪蜜を絡ませたものだそうです。店先からすでに香ばしい匂いが漂ってきて、パンはしっとりしていて食べ応えがあり、甘みがありながら後味は爽やかで、とても美味しいそうですよ。楽しみですね。一緒に食べましょう。
……大丈夫です、パンに浸した少量のお酒くらいなんということもありません。皆、朝食に食べているそうですよ。どうしてあなたはお酒と聞いただけで首を横に振るのですか? わたしはそこまでお酒に弱くはないと自負しています。
なっ、今、鼻で笑いましたね? ───いいでしょう、この件はまた後でじっくり話し合いましょう。
それで、食事を取った後は、お互いに贈り物を選んだりするのですよ。ところでバーナード、なにか欲しい物はありますか? ……ない? 何か一つくらいありませんか? どんなものでも大丈夫ですよ。こう見えてもわたしは結構な額の蓄えがあるのです!
……いえ、ちがいます。わたしの好きな物を選んでくれなくていいのです。あなたの欲しいものをですね、……わたしに休んでほしい? それはその、きちんと休んでいますから、───今とても眼が怖かったですよ、バーナード。チェスターまで首を横に振るのはやめてください。
話を元に戻しましょう。そう、贈り物の話です。お金で購入できる贈り物です。一緒に露店などを覗いて考えましょう。
きっと店主の眼には、とてもお似合いの恋人たちだと映ることでしょう。
それに周囲の人々にも、あなたがどれほどわたしを大切にしてくれて、愛情深く心優しい素晴らしい男性であるかが、言動の端々から伝わっていくことでしょう。
……なぜ二人とも顔を見合わせるのですか? 大丈夫です、伝わりますとも。ええ。
とはいえ、それだけではありふれた恋人たちで終わってしまいます。悪評を消し去るためには、わたしが王妹であることを、朝市を楽しむ人々に気づいてもらわなくてはなりません。
そこでチェスター、あなたの出番です。
あなたは近衛隊を率いて捜索に出ていたという風を装って、わたしを見つけてください。そして「アメリア殿下、王宮を抜け出さないでください!」などのわかりやすいフレーズを叫んでくださいね。あなたは王子様のような気品があると侍女たちに評判ですし、近衛隊の正装姿なら説得力も増すことでしょう。
周囲の人々が、まさか本物の王妹かとこちらに注目したところで、わたしはとっさに逃げようとして足をくじいた、という芝居をします。足を押さえて辛そうな顔をする王妹です。そこにバーナードがこう、優しくわたしを肩に担ぎ上げるのです。
ここは普段より丁寧に担いでくれるといいですね。危機が迫っているときはいつも問答無用で担がれますが、このときは「担ぎますよ」などの一声があると周囲の人々にもあなたの優しさが伝わることでしょう。
どうですか、これぞまさしくいちゃいちゃなカップルという感じがしませんか!?
「おっ、お待ちください殿下……!」
チェスターが、わざわざ挙手をして叫んだ。
「肩に担ぐのですか!? かつて殺人人形が散々やっていたように!? 恐れながら殿下、それではいちゃいちゃなカップルというより、凶悪な誘拐犯と攫われる姫君にしか見えません……!」
「ふふっ、チェスター、さてはあなたも知らなかったのですね?」
わたしは少しばかり優越感を抱いて、得意顔でいった。
「わたしも侍女たちから聞いて初めて知りましたが、世の中にはいちゃいちゃな行いの筆頭的行動として『お姫様抱っこ』というものがあるのですよ!」
お姫様を抱き上げる行為、そこから転じて、お姫様のように女性を抱き上げる行為を『お姫様抱っこ』という。
素敵な男性にそのように抱き上げられることは、乙女の夢ともいえる、大変いちゃいちゃな行いである。───ということを、わたしはジュリアから聞いている。
「わたしも初めて知ったときは驚きました。バーナードの肩に担がれるときは、いつも荷袋の心境に達していたものですから、まさかあれが世間一般ではいちゃいちゃな行為だったとは───チェスター? バーナード? どうかしましたか?」
チェスターはぶるぶると拳を振るわせ、バーナードは片手で顔を覆っている。
そうかと思うと、チェスターは突然まなじりを釣り上げて、ぐわりとバーナードの肩を掴んだ。
「だ、か、ら、あれほどやめろといっただろうがあああ!! どう責任を取るんだこの元殺人人形がっ!! あんたのせいで殿下の常識までおかしなことになってしまったでしょうがっ!」
「殿下……、それはその、侍女の説明が悪かったんだと思いますが」
「あんたの行いが悪いんですよわかってます!? ねえ!! 少しは反省していますか!? しろ反省を!!」
「世間一般では、女性を肩に担ぐことを、お姫様抱っことは呼びません」
そんな馬鹿なと思ったけれど、バーナードは真剣で、チェスターは真剣を通り越して鬼気迫る形相になっていた。
「ですが、わたしは王家の姫ですし、担ぎ上げられていますし、なにが足りないというのですか……?」