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7.呪いの魔剣に捧げられた生贄姫


 その実力に裏打ちされた自信に満ちた面差しは、とても格好良くて、見惚れてしまう───ところだけれど、その内容の物騒さには少々顔が引きつった。どうしてバーナードはこんなにも格好良さと恐ろしさが同居しているのだろうか。


「彼らは味方ですからね、バーナード。殲滅はしなくてよいのですよ」


「隊長……、そういうこといってるから悪評が広まるんスよ」


 バーナードは「今さらだろう」と気にも留めずに返したけれど、ライアンは首を大きく横に振った。


「王宮界隈じゃなくて庶民の間で広まってるんスよ、今は。二週間くらい前からですかね? どうも、出所は騎士団みたいなんスけどね」


「具体的には?」


「うーん、そっスね、有名なのは“呪いの魔剣に捧げられた生贄姫”ですかね。これは隊長が残虐で冷酷非道な男で、その本性は人間じゃなくて呪いの魔剣で、その剣を陛下に突きつけて脅して殿下を無理やりモノにしたという……、ちょっと隊長、『なんだそんな話か』って顔をしないでくださいよ。そりゃ社交界でも聞きましたけどね、この噂!」


「まったくですよ、バーナード。わたしは憤慨しています。許せませんね」


「あっ、殿下はどうかそんなお気になさらないで……、しょせん一時の娯楽っていうか、どうせ次の話題が出たら忘れさられる程度の話ですよ。ただ、貴族の社交界で流れた噂が庶民の間でもそのまま流行るのって、結構珍しいんスよね」


 ライアンは首をひねりながら続けた。


「普通、お偉方の情報なんて庶民の間までは降りてきませんし、噂が広まったとしても原型は留めてないんスよ。それが今回、そのままの内容でこんなに広まっているのは、ちょっと不思議ではありますね。そもそも、西の砦の英雄殿なんかは、戦場で活躍したから名前が売れてますけど、隊長って殿下と一緒に移動する災厄みたいなモンでしょ? 庶民の間じゃ知名度が低いんですよ。殿下と婚約したときも、せいぜい、護衛の騎士ですごく強いらしいって程度の話しか聞きませんでしたからね」


「まさか、騎士団の策略でしょうか」


 そう険しい声でいったのは新人のサイモンだった。


「悪評を広めることで、隊長が御前試合に出るのを妨害しようとしているのではありませんか」


「わざわざ妨害されなくても出ないんだが」


 サイモンが「えっ?」と戸惑いの声を上げた。

 どうやら、去年のことを知らない彼は、最強の騎士なら当然出るものと思っていたらしい。


 コリンが小声で説明してあげている傍ら、わたしたちの間には気の抜けた空気が流れていた。


「もしかしたら、あなたが出ると思っている者が、騎士団にもいるのかもしれませんね」


「悪評といっても、俺を敵視している人間からすれば大方事実でしょうしね」


「立場が違ったなら、わたしもあなたも悪魔のように見えるでしょうが、しかし、わたしたちの婚約については、とんでもない濡れ衣ですよ。あなたを口説き落としたのは、このわたしだというのに」


「あー……、まあ、そうですね。姫様のその細腕で俺に無理強いできるわけがないんですけどね」



 ※



 訓練の終了とともに訓練場へ降りて、皆の前であいさつする。


「素晴らしい剣技を見せていただきました。あなた方が我が国の騎士であることを誇りに思います」


 遠くてよく見えなかったなどとは言えないので、もっともらしい言葉と、王家の姫らしい穏やかな微笑みで押し切る。


 挨拶が終わったら、視察も終了だ。


 幸いなことに、バーナードが見学の女性たちから熱い視線を集めることはなかった。彼女たちからすると、わたしたちは訓練の騎士たちの向こう側にいるため、やや距離がある。おそらく彼女たちにはバーナードの格好良さがはっきりと見えなかったのだろう。

 わたしは内心でホッと胸をなでおろした。


 この後は、騎士たちと見学者との交流会が行われる。わたしがいつまでもお邪魔していたらやりづらいだろうと、早々に建物内へ引き上げようとしたときだ。


 案内役の担当者が、一人の青年を連れてきた。


 担当者のその誇らしげな表情と、青年の銀色の髪を見たら、彼の名前には見当がつく。


「殿下、ご紹介させていただきます。こちらが我が騎士団が誇る若き英雄、西の砦のギルベルトです」


 青年は、わたしの前で片膝をついて首を垂れる。


「立ってください、ギルベルト。楽にして構いません。あなたの勇名は、わたしの耳にも届いていますよ」


 彼は立ち上がると、まっすぐに私を見た。


 それは、王家の者に対してはいささかぶしつけであるといわれる態度だったろう。平民の騎士としては、あまりにものおじしない態度だったろう。


 だけど、わたしは一瞬、彼のその眼に呑まれていた。


 苛烈な瞳だった。いったい誰が“凍り付いた若葉色”なんて評したのだろう。覚悟が決まっている者の瞳だった。自ら地獄へ行くことを選んだ者の眼差しだった。振り返ることなく、死出の旅路へおもむく者の眼だった。───わたしはこの眼差しを知っている(・・・・・)、知っている? どこで? 既視感とともにこみ上げるのは奇妙な恐怖だった。


 わたしは息を呑み、後ずさりかけて、寸前のところで留まった。大勢の見学者たちがこちらを見ているのだ。わたしは動揺を押し殺して笑みを浮かべた。対応を間違えるわけにはいかない。


「二週間ほど前にこちらに到着したと聞いていますが、王都の生活にはもう慣れましたか?」


「───申し訳ありません、殿下」


 唐突な謝罪の意味を問い返すより早く、視界は遮られる。


 わたしの前のあるのは、英雄の苛烈な瞳ではなく、最強の護衛騎士の背中だった。



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