5.流血夜会事件(後)
誘拐犯たちのアジトへ乗り込んだときに、バーナードが、彼らから情報を引き出していたのだ。
最初にバーナードがいったとおり、彼らは、訓練を受けたプロだった。仕事として殺人を行う暗殺者集団だった。今回の事件で動いていたのは、その集団の一部隊でしかなく、本拠地は別にあった。
元々は、南の国で暗躍していた殺人集団だったらしい。最近になって、我が国へと勢力を伸ばしてきていたのだという。今回の王妹暗殺は、彼らの名を売る絶好の機会でもあったのだとか。
訓練を受けた暗殺者である彼らが、どうしてそうもペラペラと話してくれたかというと、バーナードが一人でアジトを壊滅させていく中で、途中から「リリィシュー……ッ!」「おお、この世に降り立ったリリィシューだ!」「お許しよ、お許しよ!」などと叫ばれるようになったからだ。
博識な近衛隊副隊長のチェスターによると「確か、南方で祀られる、荒ぶる神の名前ですね、リリィシューというのは。うちの隊長があまりに人外なので、彼らも『これは人間ではない何かだ』と気づいたんでしょう」とのことだった。
ちなみにバーナードは「失礼な奴らだな、俺はどこにでもいるごく普通の人間だぞ」といって、隊のみんなからブーイングを受けていた。
※
「王妹暗殺に失敗したとわかれば、その者たちは姿をくらませてしまうでしょう。潜伏に専念されてしまったら、探し出すのは難しい。その者たちを叩くとしたら、今しかありません。本拠地が判明している今、攻め込むのです。我が国で、暗殺者集団をのさばらせることなど、あってはなりません」
バーナードは渋い顔をした。
わたしが彼へ向ける眼差しと、バーナードの表情に、副隊長のチェスターは、困ったような顔をして、間を取り持つように、軽い口調でいった。
「さすがの隊長も、こればかりは危険すぎると思われますか? 暗殺者集団なんて厄介な代物ですからね。殿下の身に危険が及ぶのではないかと、心配なんでしょう?」
「そんな心配はしてない」
「なんで人の気遣いを無にするんですか、あんたは」
「俺は殿下の護衛騎士だぞ。何があろうと殿下はお守りする」
「ハハッ、隊長に騎士の自覚があったとは驚きですね」
チェスターが乾いた笑いを零す。
わたしは、じっと、最強の騎士を見つめて尋ねた。
「では、なにが心配なのですか、バーナード?」
バーナードは、不満そうにわたしを睨みつけていった。
「お疲れでしょう、殿下」
「……? ええ、まあ、疲れていないとはいいませんが」
「疲れていて当たり前です。朝も夜もなく馬を走らせて、それから悪党どもとやりあったんですよ」
「戦ったのはあなたで、わたしは何もしていませんよ」
「殿下は休息を取るべきです。二、三日はゆっくり休んでください」
「バーナード、わたしたちは、今すぐ行動に出るべきです」
「俺は殿下が休むべきだと思います」
「バーナード」
「休むべきです」
「……、あなたはどうですか? あなたには休息が必要ですか、バーナード?」
「俺が? なんでだよ。……別にね、殿下。あなたが、俺一人で片づけて来いというなら、やれますよ。でも、やりません。俺が傍を離れたら、殿下の護衛をする者がいなくなるでしょう」
「では、共に行きましょう、バーナード」
「俺の話を聞いていましたか、殿下?」
「ええ、聞いていましたよ」
わたしは、そこで、にっこりと笑ってみせた。
「でも、バーナード。わたしはもう、行くと決めたのです」
バーナードは、天を仰いで、短く罵った。
「最悪だ。あなたって、本当に、ときどき最悪ですよ、殿下」
※
そして、わたしたちは、暗殺者集団の本拠地へ乗り込み、バーナードは、彼らを壊滅させた。
その後、王都へ戻って、陛下へ報告した。一通り話し終えてから、わたしが、伯爵家の処分について温情を願い出ようとすると、お兄様は、疲れた顔で、軽く手を振った。
「いい、わかってる。厳罰は下さん。これ以上、人死にを出すことはない。……お前は知らないだろうが、あの後、大変だったんだぞ……。ことの収拾を図り、皆を落ち着かせるのに、私がどれほど苦労したことか……。あの狂戦士のせいで、我が国の社交界はすっかり恐怖に染まってしまった。この上、血を流すような真似をしたら、私の求心力まで落ちるだろうよ。……セズニック家には、温情をもって当たる。それでいいな、アメリア?」
「はい。心から感謝いたします、お兄様」
「……あの狂戦士に、二度とやるなと、よくいっておけ……」
お兄様は、疲れ切った顔で、そう呻いた。
※
その後、バーナードの夜会での行いは問題視されて、軍法会議まで開かれた。
王宮の一室で、バーナードは円卓の中心に立たされ、周囲を重臣たちがぐるりと取り囲む。
今回の一件において、彼の功績は偉大である。処分どころか、褒賞を与えてもいいはずだ。
わたしは、そう訴えたけれど、重臣たちは、みな、苦々しい顔を隠しもしなかった。
特に、あの、落ちてきた頭部を受け止めてしまった侯爵の親戚筋にあたるご老体は、バーナードを投獄すべきだと訴えた。
「この男は、何の証拠もなく、突然、人の首を刎ねたのですよ! 陛下、こんな恐ろしい男を、放置していてよいはずがありません!」
お兄様は、眉間にしわを寄せて、額を手で押さえていた。
近衛隊総隊長が、沈痛な面持ちで口を開いた。
「もっともな言い分だが……、投獄に意味がないことは、この場の大半の人間が承知しているだろう」
「なっ ─── 、ならばいっそ、死刑にすればよい! 陛下、こんな男を生かしておいては、我が国に災いが起こりますぞ!」
「死刑ね。誰が刑を執行する? ご老体、あなたがその手でやるのか?」
「なにを馬鹿げたことを。処刑人がするに決まっているであろうが!」
「それは実質、処刑人への死刑宣告だな」
近衛隊総隊長が、疲れた顔でいう。
王立騎士団団長も、嫌そうにバーナードを見ていった。
「貴様も、貴様だ。なぜ、いつもそうなのだ。どうして、まずは拘束するだとか、そういった穏便な手段がとれんのだ。拘束し、聴取し、証拠を固めてから、処分を下すのが、真っ当な人間というものだぞ。今回は、貴様の疑いが、当たっていたからよかったものの、間違っていたらどうするつもりだったのだ」
バーナードは、鼻で笑って答えた。
「殺し屋かどうかなんて、見ればわかるでしょう。俺としては、むしろ騎士団の方々にお聞きしたいですね。暗殺者を見逃すなんて、どんなザルな警備をしていたんですか?」
「貴様……ッ!」
「見れば一目でわかるものを、あの距離まで、殿下への接近を許すなんてな。役立たずどもめ。その眼は節穴か?」
騎士団長が、怒りのあまり立ち上がる。
わたしは、額を押さえながらも、口を挟んだ。
「わたしもわからなかったわ、バーナード。わたしも、見抜けませんでした。あの偽者が、本物のセズニック家の長男だと信じてしまったわ」
「それは当たり前でしょう。殿下の仕事は戦うことじゃないんですから。あなたは気づかなくて当然です。殿下に落ち度は何一つありませんよ」
沈黙が落ちる。
その場の皆が、沈痛な面持ちになった。
騎士団長も、疲れた様子で、椅子に座りなおす。
お兄様は、小さく唸った後で、半ばやけ気味にいった。
「騎士バーナード。夜会における貴様の振る舞いは、断じて認められるものではない。……しかし、貴様が壊滅させた暗殺者集団は、南方国において脅威的な存在だった。今回の一件で、かの大国の王からは、厚く感謝された。なんでも、先代国王の死には、その集団が関わっていたという疑惑があったそうでな。父の仇を討ってくれたと、南方国の国王自らが、私に礼を述べに来られた。そして、今後は、我が国への友好と支援を約束してくれた。……貴様の失態は大きいが、功績もまた、無視できぬほどには存在する。よって、今回の一件、貴様への処罰は ─── 三ヶ月の減給とする!」
甘い、と、ご老体は悲鳴を上げたけれど、ほかの重臣たちは、ため息をつきながらも、賛同の意を示していた。
妥当な落としどころですなと、近衛隊総隊長は、髭を撫でつけながら呟いた。
バーナードは、特に何も気にした様子はなく「わかりました」と頷いた。
救国の英雄といっていいほどの活躍をしたのにと、わたしは納得がいかない気持ちがあったけれど、近衛隊の皆は、
「夜会で突然人の首を刎ねた男に対する最大限の恩情」
「失態と功績を相殺した結果残った唯一の処罰ですな」
「まあ減給ならちゃんと受けますもんね、隊長は」
「投獄しても自力で出てくるから意味ないっスよね」
「死刑なんて処刑人が可哀想すぎる、隊長と違って何の罪もないのに」
なんて、囁き合っていた。
わたしは、密かに、わたしが動かせる資産の中から、彼に報奨金を与えようとしたのだけど、バーナードは、あっさりと断っていった。
「褒美はいらないので、いい加減、殿下は休んでください。これで休みを取らなかったら、温厚な俺でも、さすがに怒りますからね」
傍で聞いていた副隊長のチェスターは「あんたが温厚だったことなんてあります……?」と呟いていた。