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5.騎士団長


 王都の中でも特に賑わいのある区画を通り過ぎ、流れる川音を聞きながら大橋を渡り、騎士団の本拠地へ近づく。


 《一の剣》と呼ばれるこの場所には、五つの大門がある。一般の来訪者向けの門や業者向けの通用口、それに海軍との連絡路ともなるゼムル河に面した航路口など、それぞれの用途によって分かれている。


 わたしたちは貴賓用の門から入った。そのため、残念ながら、見学者たちの乗合馬車で埋め尽くされていると噂の一般向けの門の様子は見えなかった。


 建物の入り口付近まで来ると、すでに騎士団の者が迎えに出ているのが見えた。馬車は建物の入り口前で止まり、前後左右を固めていた近衛騎士たちも皆、馬から降りる。最後にわたしが、差し出されたバーナードの手を取りながら馬車から降りた。


 出迎えに出ていた騎士団の者たちが、一斉に敬礼する。

 その中央にいる人物の姿に、わたしは首を傾げた。


「エバンズ卿? 今朝の内にアルミナに向かって出立していると聞いていましたが」


 アルミナは国内南部に位置する街で、美しい湖と、春告げ鳥が足を止めたといわれる大樹を有している。祝祭の最後にはその大樹の枝を春の神へ捧げることになっており、騎士団がアルミナの領主から枝を預かってくるのは恒例の行事だ。


「その予定だったのですが、少し出立を遅らせました。殿下にご挨拶だけでもと思いまして」


 そう答えるのは騎士団長のエバンズ卿だ。

 がっしりとした大柄な体格に、ご婦人方からは強面と評される顔立ち。戦場においてはその眼光は雷鳴のごとく鋭く、兵たちへ指揮を飛ばす声は大地を揺るがすほどだけれど、平時は穏やかで面倒見の良い人物だ。


 わたしとエバンズ卿は並んで歩き、その周りを近衛隊と騎士団の者たちが固める。

 この《一の剣》は大樹のように大きな柱が等間隔に立ち並び、一階は吹き抜けのような作りになっている。わたしが視察に来るということで、通行の整理でもしているのか、わたしたち以外に人の気配はしなかった。


「殿下は、アルミナへ行かれたことがあるのでしたな」


「ええ、昔、無理をいって青貝湖を見に行きました。宝石のように美しいと評判ですからね」


「そのような建前は、今さら必要ありませんでしょう。殿下のお陰で、あの街は争わずにすんだのですから」


 わたしはそれには笑うだけで答えず、おもむろに足を止めた。

 エバンズ卿は怪訝な顔をしたけれど、わたしは彼を見つめ返したまま、振り向くことなくいった。


「バーナード、皆を連れて先に行ってください」


 返ってきたのは、苦々しい了解の声だった。わたしの近衛隊とともに、騎士団の者たちも、戸惑った顔をしながらも遠ざかる。


「これで二人きりですよ、エバンズ卿。誰の眼もないとまではいいませんが、小声で話す分には十分でしょう」


 騎士団長である彼が、わざわざ出立を遅らせてまで、わたしを待っていたのだ。今回の視察が、視察とは名ばかりで実質的には慰問であり、対外的なアピールにすぎないと知っている彼が。

 これが、ただの挨拶のためであるとは思えなかった。

 エバンズ卿は、迷いの滲む瞳で、ためらうようにいった。


「殿下に隠し事はできませんな。……ぶしつけな質問になりますが」


「なんでしょう」


「……西の砦の英雄ギルベルトと、面識はおありですか?」


 わたしは、瞬き一つの間に、その問いかけの意味について推測を巡らせたけれど、結局はただ事実を口にした。


「いえ、彼の姿を見るのは、今日が初めてですよ。もっとも、そうと知らずにどこかの戦場で顔を合わせていた可能性はありますけれど」


 エバンズ卿は、失望とも安堵ともつかないため息を漏らした。


「王女殿下であられた頃は、国内を飛び回っておられましたものな。いや、おかしなことをうかがって申し訳ない。実のところ、私自身、事情を把握しているとはいいがたい状況でしてな。ただ……、皆は、今年こそ御前試合に勝つために、私がギルベルトを呼び寄せたと噂しておりますが、ちがうのですよ。私があやつを御前試合に出そうとしたのは、去年の話です。去年は断られました。それが……、今年は自分から立候補してきたのです。どういう心境の変化かと思って尋ねたところ、逆に、殿下のご婚約について根掘り葉掘り聞かれましてな。殿下のみならず、バーナードについてもです」


「それは……、なにか不穏な動きがあるということですか?」


 わたしが眉をひそめて尋ねると、エバンズ卿は慌てたように両手を振った。


「いやいやっ、あれは忠誠心の厚い男です。国を守るためならば、命を賭ける覚悟ができております。ただ、その……、まだ若い男ですし、ときにその、恋は人を狂わせるといいますからな……」


 わたしは、そこでようやく騎士団長のいわんとするところを察して、少しばかり面食らった。はあと、微妙な相槌を打ってしまう。

 つまりエバンズ卿は、かの英雄が、わたしに恋愛感情を抱いているといいたいのだろうか? 理解しても、困惑が大きい。知り合いですらないのに、そんなことをいわれてもという気分だ。

 だいたい、エバンス卿からそう見えるというだけで、本人が打ち明けたというわけでもなさそうだし、確認を取らずに勝手なことをいうのはよくないだろう。

 もちろん、騎士団長である彼が軽々しくこんなことをいい出す人物ではないということはわかっているけれど……、なにか誤解があるんじゃないだろうか。


「それは……、まあ、若い騎士でしたら『王家の姫』というものに憧れを抱く時期もあるかもしれませんが……、ですが、もしもそうだとしても、わたしはすでに婚約者のいる身ですから」


「ええ、もちろんです。その件で殿下のお心を煩わせるつもりはないのです。ですが、もしもそうであれば、ギルベルトも、殿下のお言葉にだけは耳を傾けるやもしれない。そう思いましてな」


 何かまだ、伏せられた事情があったらしい。わたしが続きを促すように見つめると、エバンズ卿は迷いが色濃く残る瞳で、ためらいながら口を開いた。


「これはまだ、陛下にしかご報告していない話です。あの者は、本当は───……」


 そのときだ。苛立つような靴音と、叫ぶような声が響いた。


「ここにいたんですか、団長! いい加減もう出立しないと、獣道で野営をする羽目になりますよ───っ、殿下! しっ、失礼しました!」


 エバンズ卿の身体に隠れて、わたしが見えなかったのだろう。

 慌てて敬礼した騎士に気にしないように告げる。エバンズ卿も部下の非礼を詫びるので、そちらにも軽く首を横に振って応えた。


 エバンス卿は、最初から迷いが強かったからだろう。集中が途切れてしまったときのような、どこか気が抜けたようなため息を零すと、申し訳なさそうにいった。


「殿下、話の続きは、戻ってきてからにさせていただいてもよろしいでしょうか?」


「ええ、気を付けて行ってきてください。この時期はまだ冷え込みますからね」



 ※



 エバンズ卿と別れて歩きだせば、すぐにバーナードたちが現れる。皆、先に行ったのではなく、距離を取った上で待機していてくれただけだ。


 騎士団の担当者からも挨拶を受けて、今度こそ視察を始める。


 といっても、今回の訪問の真の目的は『王家は近衛隊だけを重宝しているわけではない、騎士団にも心を砕いている』という姿勢を見せることだ。つまり、内部監査的なことは一切ない。騎士団内の様々な部署に顔を出し、わたしのほうから気軽に声をかけて、仕事の話などを聞き、王家はあなたたちを誇りに思っていると示すことが主な仕事である。


 担当者に案内されて、騎士団内部を一通り回った後は、公開訓練の見学だ。

 一般の見学者たちと区別し、安全を確保するために、二階には貴賓席が設けられている。つくりとしては、劇場にあるボックス席と同じようなものだ。

 わたしが席に着くと、訓練場の騎士たちは一斉に敬礼した。見学者たちからは、ざわめきと歓声が上がる。

 それに手を振って応えると、号令がかかり、訓練が再開された。





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