4.西の砦の英雄
「すっごい美形らしいっスよ。うちの副隊長にも負けてない美貌だとか」
「まあ、それは、それは。今年の騎士団の公開訓練は、ひときわ盛り上がっていそうですね」
「準騎士の飲み仲間なんて泣いてましたけどね。女の子がみんなそっちに行っちゃうって。でも実際、剣の腕は立つし、顔もいいし、平民とは思えないほど知識も豊富で頭が切れるんだそうですよ。それでいて控えめな性格で物静かな読書家、さらには神への祈りも欠かさない真面目な男だとか。もう、めーっちゃくちゃいやですよね! 絶対に同じ職場にいてほしくないタイプ! 存在自体がムカつく男ですよ! ねえ隊長! 隊長もそう思いますよね!?」
「なにがムカつくのかわからん。殿下に害意があるのか、そいつは?」
「あったら大問題でしょうがッ! 何いい出すんスか! いくら俺でも反逆罪で陥れようとか考えてないっスからね!?」
「ならどうでもいいだろ」
「はー……、隊長相手に共感を求めた俺が間違ってました……」
わたしはくすくすと笑いながら、取りなすようにいった。
「西の砦の英雄ギルベルトですね。わたしも会ったことはありませんが、活躍の噂は聞いています」
西の砦は、草原国ターインとの国境を睨む位置にある。
先王の時代、ターインは、このディセンティ王国内の混乱に乗じて攻め込もうと勇猛と名高い騎馬隊を動かした。しかし、その高い機動力をもってしても西の砦を陥落させることはできなかった。
そこに若き英雄ギルベルトがいたからだ。
彼は剣の腕のみならず、攪乱と誘導に長けた知恵者で、騎馬隊を罠にはめ、動きを封じた上で反撃に出て、国境線を守り切った。
それほどの功績があれば、昇格はもちろんのこと、王都に置かれている騎士団本拠地への栄転の話もあったはずだ。けれど、彼は、自分がまだ若輩の身であることを理由に、そのどれもを頑ななほどに断って、平騎士として西の砦に残ることを望んだのだという。
その欲のない態度や謙虚な人柄から、清廉の騎士ギルベルトとも呼ばれている。騎士団が誇る若き英雄だ。
「明日は騎士団への視察が予定に入っていますから、噂の英雄の姿も確認できると思いますよ。護衛騎士には、ライアンも入っていましたよね?」
後半はバーナードへ向けて確認すると、彼は頷いていった。
「ええ。明日は、殿下の馬車の前後左右を固める陣形で、計三十名の近衛騎士が騎馬隊として護衛につきます。騎士団内部まで同行するのはその内の五名ですね」
「わたし自身も馬車ではなく馬で行ったほうが早いのですけど……」
「ハハッ、殿下はときおり、御自分が守られるべき立場にいらっしゃることをお忘れになるようで困りますな」
バーナードの目が笑っていない。
馬車はあまり速度が出ないので、馬に乗って行くほうが好きなのだけど、わたしの近衛隊隊長にいわせると、遠距離から攻撃を受けたときのことも考えてくださいとのことだった。馬車ならまだ初撃は防げるからと、バーナードは基本的には馬車の使用を譲らない。
騎士団の本拠地へ行くだけで、ゼムル河を越えるとはいえ一応王都内なのだから、弓矢が飛んでくることはまずないだろうと思ったけれど、万が一を考えるのが彼の仕事だ。それにこげ茶色の眼が怖い。
わたしはコホンと咳払いをしてごまかし、話題を元に戻した。
「騎士団内部まで同行するのは、あなたと、ほかには?」
「チェスター、コリン、経験を積ませるために新人のサイモン、それと残念ながらライアンです」
「なんで俺だけサラっとけなしてくるんスか? 部下いびりっスか?」
「チェスターも? 近衛隊の公開訓練に全日参加予定と聞いていましたが」
「騎士団の偵察に行く───特に西の砦の英雄殿の力量を図ってくるという建前で、必死に休みをもぎ取ったそうですよ」
バーナードが憐れみ混じりの顔でいう。
わたしは首を傾げて、ライアンへ視線を向けた。
「チェスターが訓練を休むなら、明日がチャンスなのではありませんか? わたしの視察についてきていいのですか?」
「殿下、俺のことをなんだと思ってるんスか? 貴女様の護衛騎士ですよ? 忠実なる下僕っスよ? どこへなりともお供しますとも!」
「こいつ本人の希望なんですよ。今人気の英雄殿の話題を仕入れたいとうるさくて」
バーナードがげんなりした顔でいう。
ライアンは怯む素振りもなく胸を張った。
「だって御前試合への出場が確定してる男っスよ!? 女の子たちが食いつく話題まちがいなしっス! それに隊長だって、英雄サマの実力が気になるでしょ?」
バーナードは心底どうでもよさそうな顔をしたけれど、ライアンは両手を揉みながら上司をうかがった。
「隊長の観察眼なら、英雄サマを見ただけで、御前試合の勝敗まで予想がつくんじゃないっスか? ね、わかったら教えてくださいね? 今の時点の予想でもいいっスよ! 今回はどっちが勝つと思います?」
バーナードは完璧に聞き流すことにしたらしい。答えるそぶりもない。
わたしは少々思案してから、さりげない口調でいった。
「ライアン。御前試合を賭けの対象にすることは禁じられていますよ?」
明るい栗色の髪の青年は、顔をひきつらせたまま硬直した。
夜色の髪をした近衛隊隊長は、表情を消して剣に手をかけた。
「殿下、許可をいただけますか」
「まあまあ、落ち着いてください、バーナード。わたしも今、かまをかけてみただけなのですよ」
「さすがのご明察です。気づかなかった己を恥じるばかりです。部下の不始末には上司として責任を取ります。どうか許可を」
「バーナード、わたしは護衛騎士同士の流血沙汰は見たくないのです」
「なるほど、配慮が足らず申し訳ありません。ですが、ご安心ください、殿下」
バーナードは剣から手を放し、微笑んでいった。
「俺は最近、薄い刃物で心臓を一突きにすることで、出血を最小限に抑え、病死に見せかけるやり方も身につけたところです。殿下のご希望とあれば、そちらを使いましょう」
「いつの間にそのような暗殺者じみた技術を……?」
呆気に取られてそう呟きながらも、ご希望ではないのでやめてくださいねと念押しした。
※
翌日、揺れる馬車の外で、チェスターが淡々という声がした。
「近衛隊の隊舎のそばに桜の大木があるでしょう? あそこがいいんじゃないですか、埋めやすくて」
「確かに土の上でやるのはいい。首を飛ばしても血を拭く必要がないからな」
「そうですよ。殿下の執務室なんてもってのほかです。掃除が大変でしょう」
「その点は俺も反省しているさ。こういうときに手間を惜しむものじゃないな。後始末も考えてやるべきだった」
血生臭い会話に、わたしが馬車の中で額を押さえていると、ついには悲鳴じみた叫び声が上がった。
「さっきから聞いていれば、二人とも、どういう神経してるんスか! 部下の死体の隠ぺい工作について話し合うとか、ありえないでしょ!?」
わたしたちが向かっているのは王都の東、ゼムル河にかかる大橋を渡った先にある騎士団の本拠地《一の剣》だ。
天候に恵まれて、晴れ渡った空の下、わたしは近衛隊の護衛騎士たちに囲まれながら、視察に訪れていた。