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3.御前試合


 いくら、お見合いの側面があり、独身者が参加することが多いといっても、隊長職にある者が一度も公開訓練に顔を出さないというのは異例だろう。わかっている。実際、お兄様付きの近衛隊隊長は、初日にすでに参加して皆にあいさつしたと聞いている。


 だけど、バーナードは「俺が暗殺者なら、今の時期は忍び込むには最適だと考えますよ」といって、最初から、訓練に参加することは考えていなかった。


「人の出入りが激しく、新顔がいても気に留めない。こういった浮ついた時期は危険なんですよ。俺は殿下のお傍を離れませんから、殿下も、何か心配事や気になることがあったら、すぐにおっしゃってくださいね」


 そう、警戒を増した顔でいうバーナードに、わたしは頷いた。

 頷いた、だけだった。


 ───本当はそこで「一日だけでも訓練に顔を出してみたらどうかしら?」と勧めるのが王妹の務めというものだったでしょうか? いえ、去年はきちんと勧めたのですよ! 去年は自制できたのです。でも今年は、バーナードに行ってほしくなくて……! 婚約者になったのだし、このくらいのわがままは許されるかと思ってしまって……!


 だって、バーナードは、こんなにも格好良いのだ。


 端正な顔立ちも、鋭い眼差しも、圧倒的な存在感も、ふと笑ったときの柔らかさも、こげ茶色の瞳が優しくこちらを見つめるときのあの表情も、もう、何もかもが格好良い。毎秒ごとに格好良さの最高値を更新している。これほど素敵な人はほかにいない。


 王妹であるわたしの婚約者となったこともあり、今は皆チェスターに夢中なようだけれど、もしバーナードが公開訓練に参加したら、女性たちの眼は彼に釘付けになってしまうにちがいない。恋に落ちてしまう女性の一人や二人、十人や二十人、百人や二百人、いてもなにも不思議はない。


 近衛隊総隊長はバーナードに向かって「ご令嬢たちを恐怖のるつぼに陥れたくなかったらお前は来るな。たとえ殿下が見学されるといっても来るんじゃない。失神者続出なんてことになったら私の名声に傷がつく」といって「殿下が行くなら俺も行きますよ。それ以外では行きませんけど」と返されていたけれど、わたしが察するに、おそらくあれは、わたしに気を遣ったのだ。王妹の婚約者が、公開訓練の場で女性たちに黄色い悲鳴を上げられているのはよろしくないと判断したにちがいない。


 だけどわたしは、気遣わなくていいということはできなかった。


 バーナードが、チェスターのように女性たちに取り囲まれている姿を想像すると、どうしても胸の奥がモヤモヤしてしまったからだ。


 ───自分がこれほど心の狭い人間だとは思わなかったわ……。


 頭を抱えたくなる。婚約前まで存在していたはずの自制心は、空高く羽ばたいて消えてしまったらしい。今すぐ戻ってきてほしい。


 なんというか、現在のわたしは、バーナードに対する欲望があふれ出てしまっていると思う。長年せき止められていたはずのものが、婚約者になった途端に勢いよく吹き出してしまっている気がする。


 ───バーナードには、絶対に気づかれないようにしなくてはいけません……!


 わたしは王妹であり彼の上司なのだ。婚約者になったとはいえ、独占欲や嫉妬心に駆られて公私混同するなどもってのほかだろう。今まで通り、理性的な姫君としての振る舞いが大切だ。


 ……ええ、大丈夫よ。きちんとわきまえているわ。公開訓練への参加を勧めることはできなかったけれど。だってバーナードが女性たちに囲まれているのを見たくなかったんだもの!


 わたしが、表情には出さないまま内心で七転び八起きしていると、ライアンが説得材料を増やそうとするかのようにいった。


「副隊長のせいで、騎士団にも被害が出てるんスからね! ほら、何が何でも勝つためにって、騎士団長が西の砦から呼び寄せた切り札ですよ。去年、その男が出ていたら、騎士団が勝っていたはずだっていう」


 あぁと、わたしは思い返しながら頷いた。


 去年の御前試合は、大方の予想を裏切って、近衛隊が勝利した。


 御前試合は伝統的な行事だけれど、お父様───先王の時代には形骸化していた。最初から勝敗のわかっている茶番のような試合だったといってもいい。

 貴族階級で構成された近衛隊と、平民出身者が多い騎士団。立場で競えばどちらが強いかなど目に見えている。

 身分や地位は関係なく、純粋な実力勝負というのが御前試合の決まりだけれど、その決まりも、最高位にある者が尊重しなくては意味がない。


 先王は御前試合に興味がなく、先王に近しかった聖教会は、教会の管轄ではないこの伝統的な祝祭にいい顔をしなかった。結果として御前試合は常に近衛隊が圧勝する無意味な茶番劇となり、騎士団からは疎んじられた。


 それを本来の形に復活させようとしたのが去年だ。

 お兄様の代になってからの初めての開催で、いかなる圧力も認めないと宣言された上での試合だった。


 実力勝負なら騎士団が圧勝する。誰もがそう考えていただろう。そもそも、組織としての規模でいうなら、騎士団のほうが圧倒的に大きい。人員も豊富だ。近衛隊に負ける理由は一つもない。───と、思われたのだけれど、結果は予想をひっくり返した。


 双方から選出される五人の勇士。五回の戦い。三度勝利した側が勝つ。


 先鋒である第一の騎士を務めた岩のような近衛騎士、陛下付きの副隊長。


 大将である第五の騎士を務めた光のような近衛騎士、王妹付きの副隊長。


 つまり、五大公爵家である黒脈のオーガスと金萼のルーゼン、それぞれの次男と三男は、騎士団の精鋭を前にしても圧倒的に強かった。


 あの試合に、仕込みだなどと文句をつけられる者はいなかっただろう。わたしも観覧席にいたから知っている。オーガス家の次男とチェスターは、素人目に見ても格がちがった。


 とはいえ、この二人だけなら、騎士団の勝利だったのだ。


 しかし、副将である第四の近衛騎士もまた勝った。彼は総隊所属であり、二人の副隊長ほど勇名が響いていたわけではなかったけれど、必死の打ち合いの末に勝利を掴んだ。あの試合が一番、見ていてハラハラドキドキした。去年の御前試合で最も盛り上がったのはあの四戦目だったんじゃないだろうか。オーガス家の次男とチェスターはそつなく勝っていたし、第二と第三の近衛騎士は早々に敗れていた。


 ちなみに、バーナードは出場していない。貴賓席にいたお兄様とわたしの護衛についていたからだ。「こんな開けた場所で、殿下のお傍を離れられますか」というのが彼の主張だった。護衛隊長としては、闘技場のような場所は、その危険性の高さが好ましくないものらしい。


 御前試合の選手に選ばれるのは騎士として最高の名誉ともいわれるのだけど、バーナードは鼻で笑って「殿下の兄君から渡される名誉なんて、犬の餌にもならないでしょうよ」といっていた。お兄様が傍にいるというのに、堂々と。お兄様の額に青筋が浮かんでいたのも懐かしい……いえ、懐かしくないわね。最近も頻繁に見ているわ。


 とにかく、去年がそういった結果だったため、余裕綽々でいた騎士団には衝撃が走り、騎士団長は今年は絶対に負けられないと、わざわざ西の砦の英雄を王都まで呼び寄せたのだった。






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