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9.最高の騎士で、最愛の婚約者


先ほどの歓声はそれだったのかという納得と、少々の恨みがましさを込めてライアンを見つめる。

もっとも、フード越しでもわたしの意図を読み取るのはバーナードやチェスター、それにサーシャくらいのものなので、ライアンは何も気づくことなく上機嫌に続けた。


「騎士団長対総隊長は、まさかの総隊長の勝利だったんスよ! いやあ、普段なら絶対騎士団長の勝利だったんでしょうけど、かなり酔いが回ってましたからねえ。あの状態の騎士団長を勝負事に引っ張り込んだ髭の作戦勝ちですね。アハハ、騎士精神も何もあったもんじゃないっスけど」


ライアンが陽気に笑う。


総隊長のことだから、騎士団長に勝ったという事実だけをしばらく吹聴することだろう。わたしはそう憐れみを覚えつつも、あの国の重鎮二人は何だかんだと言い合いながらも仲が悪いわけではないので放っておく。

先ほども、店内の喧噪に紛れて馴染みのある声が、


「貴様はいつもそうやって卑怯な手を使いおって、総隊長の貴様がそんなだからあの狂犬もいつまで経っても礼儀をわきまえんのだ! 部下が部下なら、上司も上司だ!」

「はあ? 呪いの魔剣に礼儀を身につけさせるなど、犬に人語を話させるより難しいだろうが。人外の教育は私の仕事じゃない!」


なんて揉めているのが聞こえた気がするけれど、まあ問題はないだろう。そう思いたい。

わたしが一生懸命に聞かなかったことにしていると、ライアンが悪徳商人じみた顔でニヤニヤと笑いながら尋ねてきた。


「ささっ、殿下……の遣いの方! どちらに賭けます? コホン、この大会の主催者として、少々解説させていただきますと、賭けに勝利された場合に、圧倒的に儲けが大きいのはうちの副隊長っスよ!」

「それはつまり、皆、オーガス副隊長に賭けたということですか?」


店内にいるのは大半がわたし付きの近衛隊隊員 ─── つまりチェスターの部下だというのに。そう含みを込めて呆れ顔をすると、ライアンは大仰に頷いた。


「酷い話っスよね。皆、普段は副隊長に世話になってるくせに、こういうときは確実に勝てそうな方に賭けるんですから。まあ、大穴狙いの奴とか、副隊長に義理立てした極一部の連中は別ですけどね」

「そういうあなたは、ライアン?」

「俺は主催者ですから……」

「賭けないと?」

「最後までゆっくり考えて決めようかなって思ってます!」


バーナードがげんなりした様子で「やはり俺が二人とも潰しましょうか?」と聞いてきた。


わたしはそれには答えずに、ちらりと賑わいの中心へ目を向けた。


いつの間にか、人垣は小さく割れて、奥のテーブルまで視線が通るだけの隙間ができていた。皆、わたしがここにいることに気づいて、気を遣ってくれたのだろう。


テーブルの傍には、オーガス家の次男と、チェスターが立っている。わたしが視線を向けると、オーガス家の次男はまた膝をつこうとする。それを小さく首を横に振ることで押し留めた。


武門の一族であるオーガス家の一員らしく、彼は上下関係を重んじる性格だ。頬には刀傷の痕が残っており、体格は大柄でがっしりとしている。眼差しも鋭く、夜会に出席すると、ご令嬢方が怯えて遠巻きにしているほどだ。名門オーガス家の次男であり、お兄様付きの近衛隊副隊長でありながら、未だに婚約者が決まっていないのは、あの強面も影響しているのだろう。


腕相撲での勝負となれば、皆が彼に賭ける気持ちもわからなくはない。剣での戦いならチェスターが勝つだろうけれど、これは純粋な力比べだ。オーガス家の次男の腕の逞しさといったら、わたしの腕を三本重ねたものより太いだろう。


わたしは思い悩んだふりをしてから、ライアンへ向き直った。

そして、聞き耳を立てているほかの隊員たちにも聞こえるように、高らかに告げた。


「では、王妹殿下の遣いとして賭けましょう ─── 。従者アルベルトは、今夜の財布をすべて、我が隊の英雄ルーゼン副隊長の勝利に!」


わっと、店内が沸き立つ。


はやし立てるような歓声の中で、チェスターは胸に右手を当てて、恭しく頭を下げてみせた。王子様のようだと称えられる通りに貴公子然とした振る舞いだ。チェスターにしては珍しく芝居がかった仕草だった。


わたしはそこはかとなく不安を覚えた。チェスターとしてもやる気十分だということなのだろうけれど、正直なところわたしは、彼が勝てると信じて賭けたわけではなかった。チェスターだから賭けただけだ。


「隊長はどっちに賭けますか?」


ライアンが興味津々に尋ねてくると、バーナードは呆れ顔でいった。


「俺が賭けたら、お前もそれに乗るんだろう?」

「だって隊長、この手のギャンブルにクソ強いじゃないっスか」

「俺はやらない。お前を稼がせてやる理由もないしな」


そんなと情けない声を上げたライアンを、バーナードが手を振って追い払う。


二人の副隊長は、すでに、テーブルを挟んで向かい合っていた。

ライアンが審判として二人の間に立つ。

二人は、お互いに右ひじをテーブルへつけると、睨み合いながら相手の手を掴んだ。

その組み合わされた手からしても、オーガス家の次男のほうが大きくて分厚い。


わたしは思わず、隣に立つバーナードに小声で頼んでいた。


「チェスターが無理をしそうだったら、あなたが止めてくれますか? 腕を痛めるほどの無茶はしないと思いたいですけれど、オーガス家の次男が相手では、彼も意地になってしまうでしょうから」


バーナードは怪訝そうにこちらを見つめてから、ふっと笑って、わたしの耳へ囁いた。


「殿下、あなたが損をするようだったら、俺は止めていましたよ」


その意味を確かめるより早く、ライアンの秒読みが始まった。


「3、2、1……、始め!」


ぐわっと、二人の腕に力が入る。

わたしのいる場所からでも、二人の全身に力がこもっていることがわかる。気迫がみなぎり、火花が散る。観客と化している隊員たちから、大きな声援が上がる。熱気に満ちた店内で、オーガス家の次男とチェスターは、お互いを打ち負かそうと歯を食いしばっている。直立していた二人の腕が、わずかに傾いていく。大方の予想通りにチェスターが押されている。オーガス家の次男がわずかに唇を笑みの形にゆがめる。


その瞬間だ。まるで手品のようだった。種や仕掛けがある奇跡のようだった。


チェスターは、流れる水のようによどみなく、一気に形勢を逆転させた。テーブルの上に、オーガス家の次男の手の甲が叩きつけられる。鈍い音が響き渡り、誰もが息をのむ。目の前で起きたことが信じられないというように言葉を失う。審判役のライアンもまた、呆気にとられた顔をして何もいえずにいる。


バーナードだけが、低く笑った。


「チェスターの勝利だな」


そういって、ぱち、ぱち、とおざなりな拍手をする。


ライアンが慌てて勝敗を宣言をした。店内が、火の付いたような騒ぎになる。賭け金を失ったと崩れ落ちる者、信じられないと繰り返す者、どういう手を使ったのかと問い詰める者。そしてごく数人からは賭けに勝ったと喜びの声が上がる。

当のオーガス家の次男は、現実を受け入れられないというような顔をして、己の手を凝視していた。一方のチェスターは、晴れ晴れとした喜びを浮かべて、小さくガッツポーズを決めている。


わたしが驚きも露わにバーナードを見上げると、こげ茶色の瞳は悪戯っぽく笑った。


「あいつは敵の呼吸を読むのが上手いんですよ。敵に合わせて動くことも、油断させることもね」


「そうはいっても……、腕力勝負でしょう? オーガス家の次男は、あんなに太い腕をしていますのに」


「センスの問題ですかねえ。近衛隊の指導官たちにいわせると、チェスターは百年に一度の逸材らしいですから」


「なるほど……、センスですか。戦い方を知らないわたしでは、理解の及ばないものがあるのですね」


「だからって剣は教えませんからね」


「それでいくと、あなたは千年に一度の逸材ですか?」


「俺?」


バーナードは面白がっているような顔で、軽く眉を上げていった。


「俺は人の皮を被った呪いの魔剣ですよ。殿下もご存じでしょう?」


「あなたが最高の騎士だということなら知っていますよ」


「チェスターもオーガスも俺にとっては同じですよ。簡単に踏み潰せる。俺はそういう怪物です」


「そしてわたしの最愛の婚約者です」


バーナードの身体が、ぐらりと横に傾いた。

見上げると、彼は頬を赤く染めてこちらを睨みつけていた。


「まあ、バーナード。熱っぽい顔をしていますよ、風邪でも引いたのでしょうか?」


「姫様、あんた、面白がってるだろう!?」


「まさか。わたしは心からの愛を口にしただけですよ。あなたがあなたをどう評価しようとも、わたしにとってあなたは最高の騎士であり、最愛の未来のお……、コホン、おっ、夫なのですよ!」


「姫様だって照れているじゃないですか。……あぁ、わかったよ、俺が悪かった。そうですね、俺は百万年に一人の逸材ですよ。そういうことにしておきましょう」


「それならば納得です」


わたしはしたり顔で頷く。


バーナードは肩を震わせて笑い、わたしを見つめた。彼のこげ茶色の瞳は、愛しくてたまらないと告げるような色をしていた。


─── わたしの心臓が飛び跳ねてしまったのは、いうまでもない。


この人は、突然わたしを落ち着かなくさせて、胸をぎゅっと苦しくさせて、それでいて足元がふわふわするような幸せな気持ちにすることに関しては、右に出る者がいないのだ。




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