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1.殿下と隊長のご婚約を祝う会

書籍化記念番外編②です。

6/7(水)に書籍版発売予定です。

書き下ろしもありますので、お手に取っていただけたら幸いです。



飲み会の席は、痛いほどの沈黙に満ちていた。


俺もまた、普段の魅力的な話術をしまい込んで、ひたすらに気配を消している。俺はライアン・スペンサー。スペンサー家が誇るモテ男にして、空気が読める知的なハンサムだ。こんなときは、グラスを置く音一つ立ててはいけないと理解していた。


そう、こんな風に、お堅い騎士団長がブチ切れ状態で、うちの狂犬隊長に説教をかましているときは。


「そもそも貴様は、陛下にご温情をかけていただいた身であろう! それを、恩を仇で返す真似ばかりしおって! 貴様のせいで、陛下がどれほど御心を痛めておられることか!」

「……はあ」

「貴様、私の話を聞いているのかッ!?」

「うるせえ……じゃなかった、飲み過ぎですよ、騎士団長殿」

「今、うるせえといったか!?」

「空耳でしょう。あるいは、戦場の後遺症で耳が遠くなったのでは? 引退をお勧めしますよ」

「きっ、貴様という男は、本当に……ッ! いつまでも路地裏のごろつきのような態度を取りおって!! 近衛騎士ともなれば、振る舞いの一つとっても高潔さが求められるものだろうが!」

「ハハッ、いわれてますよ、総隊長」

「私じゃなくてお前だろ」


総隊長が「私を巻き込むな」とぼそりと付け加える。


そのとき、店内の俺たちの心は一つになっていたことだろう。


─── いや、総隊長(あんた)が連れてきたんだろうが、騎士団長を!





今夜は『第一回! 殿下と隊長のご婚約を祝う会』である。

つまりは、アメリア殿下付き近衛隊の飲み会だ。


婚約披露パーティーも無事に終わり、忙しさがひと段落したところで、身内だけで祝う会をやろうぜと誰かがいい出したのだ。

ちなみに、どうして第一回なのかといえば、二回目も予定されているからだ。

護衛騎士という職業柄、一度に隊の全員が集まるのは不可能なので、各自都合が合う日に参加することになっている。飲むのが好きな奴は、職務に差し障りがないなら、両日参加もできる。


身内だけといっても、一応近衛隊としての集まりだ。

近衛隊という看板のおかげで王都の人気レストランを貸しきれたこともあり、飲み会の幹事は、総隊や陛下付きの連中にも声をかけたらしい。

その結果、飲みたい連中はみんな、二回目への参加を希望したそうだ。一回目の今夜は隊長が出席するが、二回目は任務で欠席だからだ。祝われる本人が不在でいいのか? と思わなくもないが、隊長は俺たちに飲み会のダシにされるより殿下の護衛をしていたい仕事中毒だし、今夜は欠席の副隊長が、二回目には参加できるそうだからいいんだろう。


─── 問題は、今夜、なぜか総隊長が来てしまったことだった。それも、厄介なオマケたちまで引き連れて。


おかげで、隊長たちがいるあのテーブルには、どす黒い空気が渦巻いている。店内の俺たちまでもが、猛吹雪に見舞われたかのように沈黙していた。酷すぎる。こんなに楽しくない飲み会があっていいのか?


俺は、隣に座る総隊所属のヘイリーと、哀しみの視線を交わした。


ヘイリーは、この緊張感に耐えきれないのか、さっきからしきりに麦酒(エール)を口元へ運んでいる。酒に弱いオッサンなのに、こんなに飲んで大丈夫なのだろうか。


俺は、ヘイリーより酒に強いし、この状況ではせめて飲まないとやってられないという気持ちだったけれど、しかし、俺にはまだ『面倒だけど一応やっておかないといけないこと』が残っていた。というか、俺だけでなくヘイリーにだって残っているのだ。それなのにさっきから飲みすぎだろう、このオッサン。


俺はげんなりした気分で、店の正面扉を見つめていた。

早く生贄、もとい盾、じゃなくて、可愛い後輩に来てほしい。そして『面倒なこと』を終わらせたい。俺がそう願っていると、神様が願いを聞き届けてくれたのか、扉が開いた。


「すみません、遅くなり ─── っ!?」


店内から一斉に視線を浴びたコリンは、驚いたように立ち尽くす。


俺は、正面扉に一番近い席にいたので、小声で後輩を呼んで手招きしてやった。

コリンは困惑を露わにしながらも、そそくさと俺の正面に座った。店内の視線は、また、まばらに戻る。


「遅かったじゃねーか」

「待ってたよ、コリンくん」


俺とヘイリーが口々にいうと、コリンはまだ戸惑った表情で店内の様子を気にしながらも、俺たちへ視線を向けた。


「実家に手紙を出してきたんですよ。それに、仕送りの手続きもしてきたので……」


コリンは、うちの隊では最年少のお子様だ。同時に、貧乏男爵家の長男でもある。

三男以降が多い近衛隊では珍しい『将来が保証されている次期当主様』だが、いかんせん父親が屑だった。


コリンの家はゼラ山脈のふもとの田舎にあり、ただでさえ裕福とはいえない家だった。それなのに、当主である父親が、借金を作って愛人と逃げたのだ。コリンの母親が、コリンの妹たちの将来の持参金にとコツコツ貯めていた金も、ごっそり持ち出して姿をくらました。


長男とはいえ、現当主が生死不明のままでは、その地位を継ぐこともできない。領地は瘦せた土地で、領民はほそぼそ暮らしている。税を上げることはできず、収入を増やすことも難しい。

それでコリンは、領地運営を母親に任せて、子供ながらに王都へ出稼ぎに来たのだ。遠い親戚を頼って、どうにか近衛隊に入隊が叶ったときには、コリンは生まれて初めて神に感謝したらしい。


だが、うまい話には落とし穴があるものだ。

コリンが配属されたのは、総隊でも、もちろん花形の陛下付きでもなく、この狂犬隊長の悪名が轟くアメリア殿下付きだった ─── という話を、隊舎の食堂で本人から聞いたときには、俺は心置きなく爆笑したものだ。


コリンはテーブルをバンバン叩いてキレながら「あんたに気遣いって言葉はないんですか、このボウフラ先輩が!」と叫んでいたけれど、オチが面白すぎて、これに笑わないのは無理だろう。俺は素直な好青年なので、そんな騙されたも同然の手口で、うちの隊に配属される奴がいるのか? と腹を抱えてヒイヒイ笑ってしまった。


最古参の副隊長以外はみんな、何かしら事情 ─── トラブルともいう ─── があって、うちの配属になったと思っていたのに、まさかのカモられ配属。


どうせ、総隊長が、隊としての最低限の体裁を整えるために、無理やり人員をかき集めたんだろう。

その中で、狂犬隊長の面接をパスできたのが、コリンだったというわけだ。


コリンはそんな生真面目なお子様なので、格好もダサい。

前髪は横一直線に切りそろえられていて、洒落っ気の一つもない。

コリンの髪型はアレだ、どんぐりの帽子の部分に似ている。


もっと俺のように身だしなみに気を配ったら、俺ほどのハンサムとはいかなくても、まあまあ見られる顔をしているのだが、全体的にダサさと生真面目さの合わせ技である。支給された隊服を、着崩しもせずにそのまま着ているところも、垢抜けないダサさが滲み出ている。


それなのに、医務課のミリアさんときたら、コリンを見て「あの子、真面目で可愛いわね」といっていたのだ。納得がいかない。俺のほうが真面目だし、こんなにも可愛いじゃないっスか、ミリアさん。コリンなんてただのちびっ子ですよ。俺のほうが長身のハンサムで将来性もばっちりっスよ。


だいたいコリンは、入隊したての頃はともかく、今はだいぶ口が悪いんだぞ。

近衛隊の汚れた空気に染まってしまったんだろう、可哀想にな。

副隊長が俺を見ながら「コリンは思い詰めていたから、肩の力を抜けるようになったのはいいことなんだが……、誰かの悪影響を受けすぎだな」といっていたのは意味がわからないが。


コリンに悪影響を与えているの、誰がどう考えても副隊長だろ?

副隊長のせいでコリンまで俺のことを『ボウフラ先輩』なんて呼ぶようになってしまったのだ。俺の心が海よりも広くなかったら、コリンなんてこう、ぷちっと潰しているからな。俺の秘められた実力とか、その気になると出てくる不思議な力とか、なんかそういうので潰しているから。コリンは俺に感謝すべきだ。


そのお子様は、運ばれてきたグラスを両手で掴みながら、身を屈めて、こそこそと俺たちに聞いていた。


「どうなってるんですか、これ!? あそこのテーブル、なんであんな面子が揃ってしまってるんですか……!?」


コリンが示したのは、いうまでもなく、隊長たちが囲んでいる丸テーブルだ。



そう、うちの狂犬隊長の右隣には、ぶち切れて説教をかます騎士団長が。


左隣には、ルーゼン家に張る名門オーガス家出身であり、陛下付きの近衛隊副隊長である無口な岩男が。


斜め向かいには、素知らぬ顔を貫く総隊長と、青ざめた顔で涙目になっているゴマすりベルゼンがいた。


ベルゼン以外は大物が揃ってしまった丸テーブルは、そこだけ暗雲が立ち込め、嵐が吹き荒れていた。





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