5.素敵なプロポーズ
すみません、もう一話だけ続きます。次で完結です。
「 ─── という話を、副隊長としたんスよ」
わたしは、なんともいえずに「まあ」とだけ相槌を打った。
執務室には、午後の陽射しが柔らかく降り注いでいる。窓の外には、青色の上に白色をそっと刷いたような、あわく優しい色合いの空が広がっていた。
わたしは、いつも通りの会談や会議を終えて、半分ほど書類を片付けた後、ソファへ移り、いつもの休憩時間を取っているところだった。
ライアンに世間話を振ったのは、ほかでもないわたしである。
彼は、女性関係に熱心すぎるきらいはあるものの、その分、様々な職種の人々と交流があり、噂話にも詳しい。
もちろん、人脈や情報源を持っているのは、ほかの近衛隊隊員たちにもいえることだ。
たとえば、バーナードは、軍装を扱う工房の関係者たちに、とても慕われている。
いえ、慕われているというか、正確にいうと「あの“呪いの魔剣”と評判の男に、うちの剣を愛用してほしいッ!」と叫ぶような人々が、列をなしてしまっている。
『呪いの魔剣御用達という看板が欲しい』ということだそうだ。バーナードの強さは国内のみならず、国外にも鳴り響いているため、彼と同じ装備をと望む騎士は意外と多いらしい。
わたしやチェスターなど、親しい者からすると、微妙な心境になってしてしまう話ではあるけれど。バーナードにとって、装備は何でも同じだろう。彼にとって剣とは、基本的に使い捨ての道具である。
ただ、全方向から恐れられていると誤解されがちなバーナードだけど、一部の人々からは熱烈に求められているのも事実だ。わたしも鼻が高い……と、いいたいところだけれど、最近では少し、彼が工房の人々にモテモテなところを見ると、モヤモヤするようになってしまった。
ただの軽口だとはわかっていても、近衛隊より好待遇で引き抜こうとしないでほしい。危険は少なく、休日は多いなんて、王妹では提示できない好条件だ。
でも、わたしだって、バーナードの休日が少なすぎることについては、改善したいと思っているのだ。
ただ、本人が同意しないので、一向に問題解決のきざしが見えない。強権を振りかざして、強制的に休ませるしかない。ちなみに、バーナード本人には「俺にもっと休みを取らせたい? ではまず、殿下がきちんと休むという意識を持ってください。期待していますよ」とあっさりと躱されてしまっている。たいへん遺憾である。
話がそれてしまったけれど、とにかく、近衛隊の隊員は皆、それぞれ人脈を持っていて、わたしは彼らの話を聞くことを、仕事半分、楽しみ半分としていた。
後々に役立つ情報であるときもあれば、たわいない可愛らしい話であることもある。後者の方が圧倒的に多いだろう。けれど、情報というのは、いつどこで役に立つかわからないものだ。
「ライアンの話は、九割は殿下の耳を汚すようなものですよ」と、真顔でいったのはチェスターだったけれど、ライアンにはライアンしか集められないような噂話がある。それは、周囲から畏怖されているバーナードや、高位貴族であるチェスターや、王家の人間であるわたしでは、なかなか耳に届かないような話だ。
だからわたしは、ライアンが教えてくれる噂話も重宝していた。たとえそれが9割方男女の色恋の話であってもだ。
だけど、今回は、わたしとバーナードの話だった。まさかの展開だ。動揺を隠すように、ティーカップを口へ運ぶと、バーナードが、眼も耳も疑うような顔で、栗色の髪の部下を見下ろした。
「お前、その話はするなとチェスターにいわれたんだろう?」
「隊長にはするなといわれましたけど、俺はいま殿下にお話ししましたから! 問題ないっス!」
バーナードは渋面になると、忌々しそうにライアンを見下ろした。
そして、護衛騎士としての持ち場である、扉前の右端から、左端に立っているライアンの隣まで移動すると、ガッと音が聞こえそうなほど勢いよくライアンの頭を掴み、そのまま下げさせた。
バーナード自身も、ともに深く頭を下げる。
「申し訳ありません、殿下。部下が失礼なことを申し上げました」
「構いませんよ、バーナード。わたしが話を聞かせてほしいと頼んだのですから。頭を上げてください」
「痛い痛い痛いっ、隊長やめてっ、もげます、頭がもげますって!」
バーナードが低い声で「黙れ。もぐぞ」と囁いた。彼の場合、これは脅しではなく本気である。
わたしは、重ねて、頭を上げるように告げた。執務室で流血沙汰は見たくない。というか、そもそも、こんな理由でライアンに大惨事になってほしくない。
確かに、失言ではある。聞いた者次第では、不敬であるとして、首が落ちるとまではいわなくとも、何らかの処分は免れないだろう。けれど、ライアンはこう見えても、自分が許される限界を知っている青年であるし、わたしとしても、彼の人柄を承知の上で、その人脈などの有用性を買っているのだ。
バーナードも、その点は理解しているのだろう。
苦い顔をしながらも、ライアンの頭から手を放し、自分の持ち場へ戻った。
ライアンは、怯えた顔で自分の首をさすりながら、ぼやくようにいった。
「隊長だって、親指で目を抉ればいいとか、そんな恐ろしい話を殿下の前でしたくせに……。俺はサイモンから聞いてるんスよ……」
「護身術について話しただけだ。殿下に対しての妄想を語ったお前と一緒にするな」
バーナードのこげ茶色の瞳に、冷淡さが混じる。不出来な部下の“処分”について考えを巡らせていそうな眼差しだ。死体が見つからなければ発覚しないという、以前の彼の言葉を思い出してしまい、わたしは、話題を変えるべく口を開いた。
「ところで、ライアン。あなたが女性との交流に熱心なことは知っていますが、真剣なお付き合いを望むのであれば、まず、貯金をするのがいいのではないでしょうか? お相手の女性としても、蓄えがある男性のほうが、家庭を築くことについて考えやすいと思いますよ」
「さすが殿下、俺もその通りだと思ってるんスよ!」
力強く同意されてしまった。驚きである。
わたしが戸惑っていると、ライアンは二度、三度と頷いていった。
「将来設計は大事ですよね。俺も、騎士という危険な仕事をしてますから、女性が不安に感じるのはわかっているんスよ。戦場に身を置く男というのは、格好良さが増すと同時に、危うい印象を与えてしまうものなんですよね」
「お前、戦場に立ったことなどないだろうが」
呆れ顔でバーナードがいう。
わたしも思わず頷いてしまった。
ライアンは、バーナードがわたし付きの近衛隊隊長に任命された後に、近衛隊へ入隊している。お兄様の即位前ではあったけれど、すでにお兄様が実権を握った後だったため、戦場というほどの大きな戦いは経験していないはずだ。
あえていうなら、流血夜会事件の後に、暗殺者集団の本拠地へ攻め込んだ一件くらいだろうか? だけど、あのときはバーナードが単騎で敵を圧倒していたため、ライアンが戦っていたという記憶はない。
しかし、明るい茶色の髪の彼は、わたしたちの視線など気にした様子もなく、したり顔で腕組みをした。
「騎士という職業柄、いつ命を落としても不思議じゃありません。そして、そんな不安を抱えていては、将来設計を立てることも難しいでしょう。なので俺は、プロポーズのときには、こういうと決めているんスよ! こう、彼女の手を取ってですね、『安心してくれ、愛しい人。俺の身に何かあったとしても、そのときは、俺の父と兄たちが、君に惜しみなく経済的な援助をするだろう。金で苦労はさせないよ。君は何不自由なく、何の心配もなく暮らしていける。俺は魂だけになっても、君の傍に寄り添っているよ』 ─── ってね! どうスか、これ!? 最高じゃないっスか!? 我ながら女性の心を鷲摑みなプロポーズですよね!?」
バーナードが、感心したように頷いた。
「なるほどな。お前の存在が耐えがたく不快になったら、始末すればいいという提案か」
「ちがいますよ!? なにいってるんスか、隊長!?」
「お前を消した後も、金銭的に不自由はさせないから、結婚してくれという意味だろう? お前という不快な夫に耐える価値はあると。悪くない提案だ、それなら双方にメリットがある。見直したぞ、ライアン」
「ほんっっっとうに、ときどき話が通じないっスよねぇ、うちの狂犬隊長はッ! 殿下からも何かいってやってくれませんか!? もっとロマンチックさを理解しろとか! 女性の心を察しろとか!」
わたしは、何ともいえずに曖昧に微笑んで、それから、念のためにと口を開いた。
「そうですね。わたしが思うに、そのプロポーズに喜んでくれる方とは、結婚しないほうがいいのではないでしょうか。殺人事件が起こる危険性が、高まってしまいますからね」
「殿下までそんなことを!?」