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3.血は赤かった


だからね、両親と小兄(ちいにい)と一緒に、夕食を取ったわけですよ。


『木の実の巡り亭』って知ってます? エルフィナの花通りを少し入ったところにある、最近人気のレストランなんですよ。フッ、俺は流行りの店は押さえておく主義ですからね。これも女性が喜ぶ話題作りの一環ってやつですよ。あと、純粋に美味いメシが食べたいじゃないですか。


一人暮らしの副隊長は知らないでしょうけど、隊舎の食事って、質より量なんですからね。あの大雑把な味付けに、俺の繊細な舌はいつも泣いてるんです。

マジですって。隊舎住まいの連中はみんないってますよ。


しかも作ってるのがあの(ジジイ)でしょ? 引退した元指導官の手料理なんて、癒しもなにもないっス。せめて女の子の手料理だったら、黒焦げだろうと何だろうと、『すごく美味しいよ、俺の可愛い子猫ちゃん』って完璧な笑顔でキメてみせるところなんですけど、爺ですからね。心を無にして食うしかないんス。


あれを一切気にせず食べているのは、うちの隊長くらいじゃないですか?

隊長、メシにこだわりなさすぎですよね。美味いもなけりゃ不味いもないみたいな顔して、黙々と食べてますもん。実は人柄と一緒に舌も狂っていたりするんですかね?


……え? 美味しそうに食べていたこともある? 野宿のときに殿下が焼いた白身魚を? ……副隊長、思い出して遠い眼をするくらいなら、わざわざいわないでくださいよ。俺だって聞いても何も楽しくないっス。むしろあの狂犬隊長ばっかりイイ思いするの、世の中間違ってるという、憤りがこみ上げてきますね。


……ああ、それで、その『木の実の巡り亭』ですね。

一度は行ってみたかったんですけど、値段設定と、俺の財布事情が、少しばかり釣り合わなくて。そんなところに家族で外食って話が出たんで、ここぞとばかりに推しました。ええ、美味かったですよ。さすが評判になるだけあるなって思いました。今度案内しますから、一緒に行きましょうよ、副隊長。そして奢ってください。


ええと、それで、隊長に一撃を入れる話ですね。

食事のときに、親父に小遣いをねだったんですよ。

なんでそんな引いた顔で俺を見てるんスか、副隊長。近衛隊の給料だけじゃやっていけないんだから仕方ないでしょう。いや、普通にやっていけませんって! プレゼント代だけで消えますよ? 仕送り? してもらってますけど、なにか?


わかってないっスねえ、副隊長。

金というのは、不思議といつの間にかなくなっているものなんです。

それに、給料があろうと、仕送りがあろうと、女の子と遊ぶ金は、あればあるほどいいんですよ。金があって困ることはないって親父もいってました!


……はあ? なんで副隊長が俺の両親に申し訳なくなってるんスか? ちょっと、流刑を再検討するのやめてくださいよ。

どうせ副隊長だって、実家から援助受けてるんでしょ? あの名門ルーゼン家ですもんね。大貴族様は小遣いの桁もちがうんでしょ。


……えっ、もう資産分与されてるんですか!? アメリア殿下付きの近衛騎士になったときから!? 最高じゃないっスか! 俺だってそのくらい自由に使える金が欲し……仕事の一つ? 資産管理が? それ以降に援助は一切なし? 元手を減らす真似をしたら一族での評価が下がる……?


うわ、名門貴族怖え。なんでそう殺伐としてるんスか? 公爵家だから?

俺、男爵家でよかった……。いくら金があっても全然楽しくなさそう……。


いいから話を進めろ? わかりましたよ。

ええと、そう、小遣いの話でしたね。

親父も母さんも、俺のことを天使だと知っているので、規律の厳しい近衛隊で頑張っていて偉いって、気苦労も多いだろうって、せめて金くらい好きなように使いなさいって、用意してくれようとしたんですけど。そこで小兄(ちいにい)が待ったをかけてきたんスよ。


「いくらライアンが可愛くとも、甘やかすことは本人のためになりません。小遣いは、本人の希望の満額ではなく、半額にすべきです」

って。


ひどいでしょ!? あんまりでしょ!? 俺はこんなにお仕事頑張ってるのに!

でも、そういったら、小兄は、陰険そうに眼をきらっと光らせて、聞いてきたんですよ。


「近衛隊でなにか功績を上げたのか? なに、公に認められたものでなくても構わない。お前の努力と進歩が見える成果があるなら、私も小遣いについて検討しよう」


「俺を舐めるなよ、小兄。俺はもういたいけな美少年じゃない。隊の皆から頼りにされる凄腕の騎士様なんだ。うちの隊長に ─── あの近衛隊最強と名高い隊長に、一撃を入れることができるのは、この俺だけなんだぜ?」





「 ─── っていったら、小兄が『お前の言葉を鵜呑みにするわけにはいかない。お前がお世話になっているお礼も兼ねて、隊長殿を晩餐会にお招きしたい。お前の言葉が事実だと確認できたなら、小遣いは満額にしてやろう』っていい出しちゃって。困りますよねえ。隊長はもう殿下の婚約者なんだから、そんな簡単に招待できないっていったのに、それなら半額だの一点張りで」


俺は、珍獣を見る眼でライアンを見つめた。


予想以上にろくでもない話だった。

近衛隊の給料で十分家族を養えるというのに、独身のライアンが、給料だけでなく仕送りまでしてもらって、まだ足りないなど、聞きしに勝る金遣いの荒さだ。その内、女性関係で破滅するのではないだろうか。俺や殿下に関係のないところで滅んでほしい。


ちなみに、近衛隊の隊舎は、設備が古く、食事があまり美味しくないことで有名だ。


実力主義で規律の厳しい騎士団とは違い、近衛隊は、血筋と家格と、実力と地位とが、複雑に絡み合う魔境なので ─── もっとも、近衛隊流刑地などと呼ばれている我が隊では、そういった常識は適用されないのだが ─── 隊舎住みの隊員を『田舎から出てきた貧乏貴族』と見下す風潮も、一部には根強く残っている。


これでも、一部になっただけマシなほうなのだ。先王の時代はもっとひどかった。

隊舎の改修工事の予算も、何度申請しても無視されていたらしい。

陛下が即位されて、ようやく少しずつ工事が始まったそうだが、それまでは管理人による大工仕事でしのいでいたのだという。


そういう歴史もあって、隊舎の管理人たちというのは、だいたいが元から隊舎に住んでいた元近衛隊隊員だ。現場を退いた後に、事務方になるか、あるいは指導官になるかをして、さらにその後に、隠居を兼ねて管理人になった方々だ。

その経歴だけで、舎食の味については、想像がつくだろう。

俺が疑ったのは、ライアンの舌が繊細だという点で、舎食の悪評ではない。


とはいえ、隊舎は家賃が安く、職場に近く、味がどうだろうと朝と夕に食事が出るので、一定の人気はある。

独身者しか入れないこともあって、隊舎暮らしを選ぶのは、主に、毎日が行軍時の携帯食並みだろうと気にしない大雑把なタイプか、あるいは、将来を見据えて貯金をしたいから我慢しているというタイプだった。


隊長はいうまでもなく前者だ。

隊長の場合、絶対的な決め手は、家賃でも朝夕の食事でもなく、アメリア殿下が暮らしておられる後宮への近さである。

国内を飛び回っていた王女時代ならいざ知らず、今となっては、寝所ばかりは、隊長が傍でお守りするわけにはいかない。万が一後宮で有事が起こった場合に、いち早く駆け付けられるようにとの考えで、隊長は住む家を選んでいた。


しかし、ライアンは、大雑把タイプにも、倹約タイプにも当てはまらない、ただの金に困ったろくでなしであったらしい。


半額の小遣いでも甘やかしすぎだろうとしか思えない話だったが、そもそも、まず。


「お前が隊長に一撃を入れる必要があるんだろう? なぜ人材募集という話になる? その人物に弟子入りして剣を鍛えようなどという、殊勝な考えが、お前にあるとは思えないが」


「フッ……、『俺が出るまでもなかったので、俺の弟子にやらせました』ということにする予定です」


「予想の斜め下の最低さだが、隊長が話を合わせてくれるとでも?」


「今や隊長にも、殿下の婚約者としての立場がありますからね。小兄に対してだけ話を合わせてくれたら、一撃を入れられたという不名誉は俺の胸にしまっておきますよ ─── と囁けば、いけるはず!」


俺は頬杖をついて、ライアンを眺めた。

穴だらけどころか、底が抜けて、ただの筒状の通り道と化している計画だが、それをこれほど自信満々にいえる精神力だけは、凄いのかもしれない。何一つ尊敬に値しないが。


「隊長に一撃、ねえ」


「副隊長ならできますか!?」


「無理だ」


「何事も挑戦っスよ! やる前から諦めていたら、何も成すことはできないんですよ!」


「お前、隊長が『人生で一度も、敵からの一撃を食らったことがない』という事実を承知の上でいっているのか?」


「…………は?」


「ないんだよ、あの男は」


ライアンの顔に、じわじわと滲んでくるのは、恐怖だった。

ヘイゼルの瞳は、『そんなバカな』と笑い飛ばそうとして、失敗している。


「 ─── 一度も、なんて、ありえます……っ!?」


「少なくとも俺は、見たことがないな。隊長と知り合ってから、今まで、あの男が負傷どころか、敵の剣先がかすめる姿すら、見たことがない」


「あの人、本当に人間なんスか!? 切ったらちゃんと赤い血が流れます!?」


「人かどうかは知らないが、血は赤かったぞ」


「おお……、よかった。さすがに、隊長が怪我をする姿は見たことがあるんスね?」


「……王女時代の殿下が、どうしても急いで文をしたためる必要があったが、インクが用意できない、という状況下で、まだ少年だったあの男が、平然とした顔で、いっさいのためらいなく、自分の手のひらに剣を当ててな……」


「背筋が冷たくなる話を聞きたかったわけじゃないんスけど」


「殿下がとっさにとめられたので、わずかに肌が切れた程度で済んだんだがな……」


「血が赤けりゃいいってもんじゃないっスね」


「……まあ、別に、手を切り落とそうとしたわけではなく、ある程度の量の血を溜めたら、インク代わりに使えるだろうという発想だったらしいが……」


「まず人間としての常識を教えたほうがいいっスよ」


「殿下と俺が必死に教え込んで、今だぞ」





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― 新着の感想 ―
[良い点] 副隊長様のがんばり 隊長を、ちゃんと(ちゃんと???)、人間に(?)、したんですね。 [気になる点] ライアン、いままでよく生き残ってきたなぁ、と。 激動の時代に、さっくりと逝っていてもお…
[良い点] 前半のライアン独白で話題ごとにある空白 直後のセリフで何を聞かれたかを説明する話は多いが、大体「〇〇について聞きたいだって?」「その時妙なことが起こらなかったかって?」などずいぶん丁寧な…
[一言] 王女殿下からの緊急のお手紙は絶対にもらいたくな〜い(笑) お守りにしたら隊長にあやかって強くなれたりしますかね(^_^;)
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