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3.ダンスレッスン



隊長がうろたえるなど、めったにないことだ。


「殿下に何かあったんですか!?」


俺は思わず立ち上がったが、すぐに思い直した。


殿下に何かあったなら、隊長がここにいるはずがない。殿下のお傍を離れるはずがないのだ。


俺の予想通り、隊長は「殿下は無事だ。殿下には何も問題はない」といいながら、俺のもとまでやって来た。


「チェスター、お前、ダンスは得意だったな?」

「いえ得意というほどでは」

「女側のパートも踊れるか?」

「踊れません」


突然なにをいい出すんだ、この男は。

俺の冷たい視線をものともせずに、隊長は続けた。


「今すぐ覚えろ」

「嫌ですよ」

「完璧にマスターしろ。一時間だけ待ってやるから」

「一時間で振りつけが覚えられると思います!?」

「じゃあ一時間半でどうだ」

「譲歩してやったぞみたいな顔をしないでください」

「お前ならできる」

「できません」

「お前なら大抵のことはできる。俺はそう信じている」

「そうやって俺に面倒事を押し付けようとするの、これで何十回目だか覚えていますか、隊長?」

「お世辞じゃない。俺は本心から、お前なら何でもできると思っている」

「最悪の信頼を向けてこないでください」

「頼む、チェスター。女側のパートを踊れる奴が必要なんだ」


そう頭を下げられて、俺の心も一瞬揺らぎそうになった。


しかし、すぐに思い直した。どうにも嫌な予感がする。俺の長年の経験が、断固拒否すべきだと告げている。


俺が、心を鬼にして、再度お断りしようとしたときだ。


ライアンが、下心丸出しの笑顔で、大きく手を上げた。


「はいっ! 俺、女性パート踊れますよ、隊長!」


「……ライアンか……」


「なんスか、そのガッカリ顔! 俺、ダンスは超うまいんですからね! 女性パートだって、手取り足取り教えられます! ねっ、それで誰に教えるんですか!? やっぱり殿下の侍女の方々ですか!?」


「まあ……、似たようなものだ」


絶対嘘だろうなとわかる口調で隊長がいった。


しかし、ライアンは「やった!」と嬉しそうにこぶしを握った。


「任せてください! 俺がつきっきりで指導させていただきます! それで、お相手はどなたですか!? アッ、待って、当ててみましょう、ダンスが苦手そうな侍女の方といえば、夜会に出ないベッツイーちゃん!? 魅惑のジョージアナちゃん!? あぁもしかして麗しのジュリアさんだったりしま ─── ッ!?」


ライアンは、最後までいえなかった。


気づいたときには、その首に、抜き身の剣が当てられていたからだ。


口を開いたまま、硬直しているライアンと、無表情で剣を突きつけている隊長を、交互に見て、俺はしみじみといった。


「相変わらず、隊長の剣筋は見えませんねえ」


「今いうべきなのはそこじゃないっスよね副隊長!?!」


ライアンが、ガタガタと、大きく縦に震えた。

横に震えると首と胴が泣き別れしてしまうので、必死に縦揺れしている。


「なななっなんですか隊長!? 俺が何したっていうんスか!?」


「殿下の侍女たちの名前なんて、お前、どこで調べてきた?」


「そっそそそそんなのちょっと聞けば誰にだってわかりますよ! えっ、俺なにか疑われてます!? なんで!?」


「詳しすぎると思わないか。侍女たちの誰が夜会に出ないかまで、把握しているとはな。何の意図を持って調べた? 正直にいえ。偽るならお前はここで死ぬ」


「やだあああああ殺さないでええええええ、お近づきになるために調べましたあああああ」


「侍女に接触して、その後は?」


「恋人になってえっちなことしたいなって思ってましたああああああああ」


隊長が、ものすごく微妙そうな顔をした。


俺は、これ以上、男の欲望も悲鳴も聞きたくなかったので、仕方なく声をかけた。


「隊長、ライアンは、殿下に対して害はありませんよ。少なくとも、隊長の基準でいうなら無害です」


「あぁ、まあ、それは見ればわかるんだが……、侍女の名前まで把握しているのがな」


ライアンが、いきり立って叫んだ。


「侍女の名前くらいなんだっていうんですか! 俺は王宮内のほとんどの女性の名前を覚えてますよ!! いつどこで新たな出会いがあるかわからないですからね! 年齢・身分・職種を問わず、新しい女性を見かけるたびにチェックしてます!」


「チェスター、こいつ投獄したほうがいいんじゃないか?」


「隊長が引き受けるから悪いんでしょうが。総隊長に断ってくれたらよかったのに」


「なんなんスか、二人とも! ちょっとモテるからって上から目線で! でも最後はマメな男が勝つんですからね! 俺みたいな情報通の部下がいてありがたいと思ってくださいよ!」


「率直にいって気持ちが悪いな、お前」


「普段の俺の苦労が少しはわかりましたか、隊長」







近衛隊には、専用の訓練所がある。

さほど広くはなく、ただ雨風がしのげるだけの建物なので、普段はあまり使われていない。近衛隊全体が集まる必要があるときに、小ホール代わりに使われることがほとんどだ。


サイモンに留守番を頼んで、隊室を後にした俺と隊長とライアンは、この訓練所を訪れていた。


「侍女の方々は!? 俺の指導を待ち望んでる女性たちはどこにいるんスか!?」


がらんとした訓練所内を見回して、ライアンが不安そうに尋ねる。


隊長は、嫌そうな顔をしながらも、ライアンの肩を掴んでいった。


「女側のパートを踊れるんだろう? 俺の練習に付き合え」

「はっ……? はあ……!?」


─── まあ、そんなことじゃないかとは思ったんだよな、俺は。


俺は、弦楽器をケースから取り出しながら、ひとりごちた。

楽器は、ここに来る途中で、王立楽団に所属している友人から借りたものだ。こんなことになるんじゃないかと思ったのだ。

俺は、弦の具合を確かめながら、隊長に尋ねた。


「殿下とのダンスのリハーサル、失敗したんですか?」

「……これほど難しいとは思わなかった」


隊長は、珍しく苦悩している顔でいった。


「殿下は大丈夫だと笑ってくれたが、俺がぶざまな姿をさらして、殿下に恥をかかせるわけにはいかない。……くそ、想像しただけで、はらわたが煮えくり返るな。殿下を侮辱するような屑どもは、一人残らず首を落としてやりたい」


「でも、今回の原因は隊長のダンスなんでしょう? 予定としては」


「だから最後には俺自身の首も落とす」


「これで万事解決みたいな顔をしていわないでくださいよ。最悪のバッドエンドでしょうが」


「ああ、俺がいなくなったら、誰が殿下をお守りするのかという問題があるな」


「隊長以外にも近衛隊はいるということをいつも忘れてますよね、あんたは」


俺が、試し弾きをしながらいうと、ようやく事態を理解したらしいライアンが、真っ青になって叫んだ。


「ままままさか俺に隊長と踊れと!? どんな地獄!?」


「本番まで日がないんだ。訓練を重ねるしかない」


「絶対嫌ですううう!!! こんなの詐欺だ! てか、なんでダンスくらい踊れないんですか、隊長!?」


ライアンが、信じられないという顔で、長身の男を見上げていった。


「隊長のその、異常で人外な身体能力をもってすれば、ダンスくらい簡単でしょ!? 踊れないなんてありえるんスか!? 一人で三千の兵を潰すより遥かに楽勝でしょうが!」


それは、俺も疑問に思っていたことだった。


隊長はべつに、剣を振るうしか能がないというわけではない。この男は、剣を持っていなくとも異常に強いのだ。素手でも三千の兵を壊滅できるだろう。確かに、殺すことに特化した才能だろうとは思うが、そうかといって、ダンスに手こずるとも思わなかった。


しかし、隊長は、苦々しい顔で、ため息をついた。


「……いいからやるぞ。チェスター、適当に弾いてくれ」


「夜会用の曲にしておきますよ」


「ちくしょう、このことは言いふらしてやる、あの狂犬隊長がダンスもろくに踊れない男だって、王宮中に言いふらしてやる、ダンス下手くそ男だって広めてやりますからねえええ!!!」


ライアンが、そう涙目で叫びながら、隊長に手を掴まれて、踊り始めた。






─── そうして、俺が一曲弾き終わった後だ。



ライアンは肩で息をしていた。


俺は弦楽器を手にしたまま、首を傾げていた。


隊長は、ライアンを見下ろして、呆れたようにいった。


「お前、ダンスが下手だな」


「女性パートなんだから仕方ないでしょうがッ!! それより隊長は何なんスか!? これのどこが、ダンスが下手くそだっていうんですか!?」




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― 新着の感想 ―
[良い点] チェスターの才能がマルチすぎる(笑) 楽器まで弾けるの!?
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