1.近衛隊流刑地
ここからは番外編です。
チェスター視点で、本編後の話です。五話完結予定。
甘さは非常に控えめで、だいたいチェスターが苦労しているギャグです。
冬の始まりを感じる時期とはいえ、晴れた日の午後は暖かい。
俺は、アメリア殿下付き近衛隊の隊室で、年末の書類仕事に追われていた。
うちの隊長は実戦9割といった人なので、来年の予算案から部下たちの人事考査まで、隊を回すためのさまざまな事務仕事を片付けていくのは俺の役割だ。
もちろん、最終的には、隊長に目を通してもらい、サインを貰っているが。
俺が、あとはサインをすればいいだけという状態まで仕上げてから、書類を突きつけても、隊長は面倒そうな顔をするのだが、それでも、あの男の書類をめくる手がよどみないことを、俺は知っている。
隊長のことを『殺すしか能がない男』などと蔑む者たちもいるし、何なら隊長本人がそう自称することもあるが、副隊長の俺にいわせるなら、あの男に足りないのは、能力ではなくやる気である。
隊長は、徹頭徹尾、アメリア殿下の身の安全以外に興味がないので、そこに関わらないあらゆる業務を俺に丸投げしてくるのだ。もっとちゃんと働いてほしい。
俺が、数字との戦いに疲れて書類を置くと、同じように書類仕事に励んでいたはずの部下が、小声でおしゃべりに興じているのが聞こえてきた。
「マジでひどくねえ? 5股かけられてたのはともかく、なんで俺が選ばれねえの!? ペローネちゃんの5人の彼氏の中で、絶対俺が一番いい男だぜ? それなのに、ジミーと結婚するのって、そりゃあんまりだろ?」
「あの……、ライアン先輩、副隊長がこちらを見ていますので……」
「もうさ、世の中狂ってるとしか思えないよな。あのクソ狂犬隊長が婚約できて、この俺が未だにフリーだなんてさ。俺のほうが顔も性格も良くて、情熱的な尽くし系なのに。ペローネちゃんにだって、デートのたびにプレゼント贈ってたんだぜ? 喜んでくれてたのは嘘だったのか? もう駄目だ、俺は立ち直れない」
俺は、静かに、ろくでもない部下の名前を呼んだ。
「ライアン。口より手を動かせ」
明るい茶色の髪の部下は、こちらを向くと、なおも不満そうな顔でいい募った。
「だって、聞いてくださいよ、副隊長。俺の愛しのペローネちゃん、5股かけてた上に、俺じゃない男と結婚するっていうんですよ!」
「5股はともかく、お前を選ばなかったその女性には、人を見る眼がある」
ライアンは「ひでえ!」と叫んだが、どうせ明日には別の女性を追いかけていることだろう。
女好きでギャンブル好きで浪費家という、ろくでもない要素が詰まったこの部下は、裕福な男爵家の三男だ。
ライアンの父君は、一代で成り上がった凄腕の商人で、貧乏な男爵家の跡取り娘である、ライアンの母君のもとへ婿入りした。当時は『爵位目当ての結婚』と蔑まれることもあったそうだが、とうの本人は、涼しい顔で「順序がちがう。私が金を持っているから、彼女に求婚したのではない。私の愛する人が高嶺の花だったから、彼女に釣り合うように必死で金を稼いだのさ」と言い放ったという。
そんな円満家庭に三番目の息子として生まれたライアンは、両親からも兄たちからも可愛がられ、愛されて育った。そして、その結果、思慮の足りないバカ息子になってしまった。有能に育っていた兄たちは、頭を抱え、このままではいけないと、両親を説き伏せて、末弟を独り立ちさせるべく、潤沢な資金とコネクションを活用して、近衛隊へ放り込んだ。
しかし、近衛隊でも、女好きのろくでなしは変わらなかった。
ライアンはすぐに問題児として頭角を現し、総隊長の頭痛のタネとなったのだ。
※
現在の近衛隊は、大まかに三つに分かれている。
まず、総隊長率いる、近衛隊総隊。これは近衛隊の本体にあたる。騎士団や衛士たちと協力して、王宮警備を行うと同時に、王家の方々が王宮から出て、会談や視察へおもむく際の安全な行路の選定と、そのための情報収集などを、日頃から行っている。
そして、国王陛下付きの近衛隊。ここは近衛隊の花形といっていい。少しでも野心のある者なら、誰でも目指すポジションだろう。近衛隊に入る者は、生家では跡取りになることが難しい、三男以降の者が多いが、護衛騎士として陛下の信頼を得ることができたなら、ゆくゆくは王の側近となることや、領地を与えられることも夢ではないからだ。
最後に、王妹殿下である、アメリア様付きの近衛隊。本来なら、ここは、陛下付きに次ぐ花形といっていい。陛下付きほどではなくとも、総隊にいるよりは出世の目があるし、王家の方の護衛騎士として選ばれることは、十分に名誉なことだからだ。
しかし、現在、俺がいるこのアメリア殿下付きの近衛隊は、密かに『近衛隊流刑地』と呼ばれていた。
国内外に名高い隊長の悪名に加えて、隊員には問題児と変人ばかり集まっているからだ。
いや、正確にいうと、総隊長から押し付けられている。総隊長は、こちらの人員不足を思いやっての配属だというが、絶対に嘘だ。
隊長も断ってくれたらいいのにと思うが、あの男の選定基準は独特なので、一目見て問題ないと判断すれば、どんな人間でも部下として受け入れる。
性格に難があろうと、問題児だろうと、隊長は気にしない。
戦場で腕の一本、あるいは足の一本なくして、もはや前線に立つこともできず、帰る家もまたない、そういった者であっても同じことだ。裏方の仕事をすればいいといって受け入れる。
隊長の基準は一つだ。
─── アメリア殿下に対して、無害であるかどうか。
それだけだ。
隊長が一目見て、わずかでも有害であると判断したなら、どれほど評判の良い者であっても決して受け入れない。
あの男は、部下たちに、有能であることを求めない。
おそらく、戦いならば自分が、それ以外ならば俺がいるからいいと思っているからだろう。
……かつては、アメリア殿下付きの近衛隊として、殿下が信頼を置ける相手は、俺と、殺人人形に命が宿ったような少年の二人だけだった時代もあった。
まだ隊長があの男ではなかった時代だ。先王の命令によって選ばれた、いつ裏切るかわからない連中を殿下の傍に置かなくてはならないことは、俺にとっても忸怩たる思いだった。あの殺人人形も、よく耐えたものだと思う。殿下の許可さえあったなら、即座に俺以外の全員の首を落としていただろうが。
今や隊長の地位にあるあの男が、部下たちに望むのは、役に立つことではない。
ただひたすらに、アメリア殿下に対して無害であることだ。
そうでない人間を、隊長は決して、殿下付きの近衛隊に入れない。
隊長の気持ちはわかる。その選定に誤りがないことも知っている。考え方が間違っているともいわない。
……だけど、実際に、実務を回している俺としては、
「問題児ばかり引き受けるな!!!!! 断ってくださいよ!!! ねえ!!! 身体的に戦えないだけならともかく、女性と金にだらしない遅刻魔とか入れるな!!!!!」
と、叫びたいところでもある。ちなみに、いうまでもなくライアンのことだ。
だいたい、女好きなのに、殿下の護衛騎士にして大丈夫なのか? と思ったが、隊長の見る眼は確かなので、ライアンは殿下に言い寄るような愚かな真似はしなかった。
そこはさすがにわきまえているのかと思ったが、本人はけろっとした顔で「あ~俺、殿下みたいなタイプは好みじゃないんスよね。俺はもっと胸がでか」といい出したので口をふさいでおいた。
聞いていたのが俺でよかったと思え。隊長に聞かれていたら、いくら無害であっても首が飛んでいたぞ。
※
そのライアンは、未だに、隣の席のサイモンに向って、ペローネちゃんがどうこうなどと、やくたいもない愚痴をこぼし続けている。
これがサイモン以外の隊員だったら、いつものことだと無視できるだろうが、新人のサイモンには、あしらうことも難しいのだろう。
俺は目をすがめてライアンを見ると、いっそ優しい声でいってやった。
「お前、そんなに暇なら、ここにいる必要もないな。殿下の婚約者付きの近衛隊に、俺から推薦してやろう」
「すいませんでした!!! わーお仕事いっぱいあるー! がんばろー!」
「お前も知っての通り、殿下の婚約者付きの近衛隊は、まだ一人もいないからな。お前が隊長になれるぞ、ライアン。出世だな、おめでとう」
「それ隊長っていわないでしょ!? 何かあったら真っ先にクソ狂犬隊長に首を落とされるポジションでしょうが! だいたい、あんな人外に護衛をつけようっていう発想がおかしいんスよ!」
「王家の慣例だ」
「それは人間が相手の場合でしょ!? あんな人の皮を被った呪いの魔剣に、護衛騎士なんていらないっスよ! いくら殿下の婚約者だからって、護衛が必要な男に見えますか、あの狂犬隊長が!?」
ちなみに本編ラストではアメリアとバーナードはキスしかしてない(それも唇に軽く触れる程度)なので、番外編もそういうノリで進みます。