18.果たされない約束
呻いた末に、俺の心臓が持たないので、そういうことを気軽にいうのはやめてほしいという旨を、絞り出すような声で懇願した。
しかし殿下はニコニコしていた。くそ、絶対わかってないな、この人。
俺は、何度も深呼吸をして、落ち着きを取り戻してから、改めて殿下に向き直った。
「殿下。……あなたが、本気で俺を望まれるのであれば、いっておかなくてはいけないことがあります」
「さては、妻としての心得ですね?」
「ちがいます! ……いいですか、殿下。冗談はそのくらいにして、真剣に聞いてください」
「わたしは真剣ですが……、なんでしょうか」
「あなたは、俺という呪いの魔剣の封印を解きました」
殿下は、唇を尖らせて俺を見た。
「冗談はやめるように、あなたが自分でいったのに……」
「冗談ではありません。俺は本気です」
「あなたは人間ですよ、バーナード」
「そうですね。じゃあ比喩として聞いてください」
俺は、深く深く息を吐き出していった。
「俺は、今まで、俺の中にある感情に、名前をつけませんでした。そうすることを、俺自身に許さなかったし、この先も一生そのつもりでいました。……でも、俺は今、この想いを愛と呼ぶことを認めてしまった。これは俺の人生で初めてのことで、自分でも予測がつきません」
殿下は、彼女にとっては不可解だろう話に、口を挟むことなく、じっと聞いてくれた。
「俺は、俺が信用できない。……だから、どうか、一つ約束してください、殿下」
空と同じ色をした瞳を見つめる。
─── 美しい、俺の殿下。
胸の内でそんな風に呼びかけることを、俺は今、俺自身に許してしまった。
「次に、あなたが、俺を手放すと決めたときは、どうか、立ち去れというのではなく、俺に死を命じてください。俺は喜んで、この首を落としましょう」
殿下の瞳が見開かれる。
俺は、心の中で謝りながらも、言葉を続けた。
「俺の我儘です。残酷な願いだとわかっています。……だけど、今の俺は、あなたのもとを去れといわれたら、死に物狂いで抵抗するかもしれない。あなたに牙をむくかもしれない。それは絶対にあってはならないことです。ですが……、俺は、まともな人間じゃない。自分でもわかってる」
「バーナード、それはちがいます」
「聞いてください、殿下。俺は、一度は、あなたの愛を知ってしまった。取りあげられたら、何をするかわからない。あなたを傷つける真似をするかもしれない。それは絶対に駄目だ。あなたを傷つけることが、俺は何よりも恐ろしい。だけど、俺は、今すごく幸せで、これを失ったら、殿下を傷つけてしまうかもしれない」
だからどうか、 ─── 幸福な夢を見せたまま、俺を死なせてくれないか。
そう懇願する。
殿下は、しばらくの沈黙の末に、静かな声でいった。
「それで、あなたの心が休まるのであれば、約束しましょう」
「……ありがとうございます、殿下。こんな最低なことを頼んで、申し訳ない……」
「でも、その約束が果たされる日は来ないと、わたしは知っていますよ、バーナード」
なぜなら、と、姫様は胸を張った。
「あなたの愛がわたしにあると知った以上、わたしはもう、あなたを手放してあげたりはしないからです。ふふっ、傲慢な権力者に捕まってしまいましたね! 後悔しても手遅れですよ!」
「……あのな、姫様。俺は結構真面目に話してたんだぞ」
「わたしも真剣にいっています」
殿下は、俺の眼を覗き込んでいった。
「 ─── バーナード、あなたを不安にさせたことを、心から謝ります」
あまり近づかないでほしいと思ったが、殿下の目がまっすぐだったので、俺は、逃げ出すこともできずに、ただ、その空色の瞳を見つめた。
殿下は、ひどくすまなそうに、眉を下げていった。
「ごめんなさい」
「……何の話ですか?」
「わたしは、あなたに、出て行くようにいいました。あなたを突然解雇しようとして、あなたを傷つけました。あなたが不安を覚えるのは当たり前です」
「いや、そういうのじゃないから。殿下、俺はもっと根本的な話をしています。まず、そもそも殿下は、俺を買いかぶっていて、俺がまともな人間じゃないということをあまり理解していない所が問題で」
「あなたの不安を和らげることができるように、わたしもできる限りのことをします」
「おい、突然不安になるようなことをいい出さないでくれ、姫様。何をするつもりですか、殿下」
殿下は、きりっとした、凛々しい顔でいった。
「毎日、あなたに、愛を告げます。あなたの不安が減るように」
「やめろ! やめてください! それは最低限にしてくれって、さっきお願いしましたよね!?」
俺は、たちまちのうちに、頬が熱くなるのを自覚しながら、必死にいった。
だが、姫様は、にこにこと笑うだけだった。
「そうやって照れている顔も可愛くて好きです、バーナード」
「ぐっ……。くそ、あなたがそういうつもりなら、俺にも考えがありますからね……!」
俺は、可愛い顔で悪魔のような真似をする殿下を睨みつけて、冷ややかに告げた。
「殿下、あなたはとても美しい。初めて会ったあの日から、あなたの輝きが、俺の世界を照らしてくれました。美しく光り輝く、俺の殿下。俺はいつだって、あなたに心を奪われてきましたよ。愛しています、俺の姫」
「…………」
殿下は、もぞもぞと後退して、再びふかふかのタオルに懐いた。
タオルに顔を押し付けたまま、耳まで赤くして、殿下はか細い声でいった。
「……それは、ずるいですよ、バーナード」
「当然の仕返しです」
俺はそう鼻で笑いながらも、照れている殿下が可愛すぎて、これは俺にもダメージがあるなと悟っていた。
次回はアメリア視点に戻ってお兄様に報告したりなんだりする話です。