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4.作戦会議(後)


 わたしの考えた作戦はこうだった。


 まず、訓練である以上、普通は手順をあらかじめ決めておくものだ。

『謁見相手が貴族に成りすました暗殺者だった』という想定なら、事件の発生は小謁見室のうちの一つになる。そこからいかに安全区域まで逃げ切るかを考え、最善の逃走経路を選定して、その通りに行動する。ここまで事前に打ち合わせておくものが『訓練』だ。


 しかし、今回は少々卑怯な手を使う。

 バーナードを含めて打ち合わせを行い、逃走経路を決めておく。

 その上で別のルートに逃げるのだ。


 ハンデの権利を使って、バーナードには百を数え終えるまで小謁見室で動かずにいてもらう。彼が廊下へ出る頃にはわたしたちの姿は見えない。逃げる後姿はすでに消えている。彼は打ち合わせ通りの道を進むだろう。

 しかしいつまでたってもわたしたちには追い付けない。そこでようやく騙されたことに気づくが、その頃にはわたしたちはゴール地点へ到着している。手遅れだ。


 当然彼は「卑怯だ」「これでは訓練とは呼べない」というだろうけれど、そこは「実戦さながらに行ってこそ役に立つのです。不測の事態が起こることも含めて訓練ですよ」と押し切る。強い心で押し切ってみせる。

 







 ───肩で息をする。わたしは荒い呼吸を繰り返し、人の往来がないのをいいことに、ずるずるとその場にしゃがみこむ。








 わたしの作戦に、「素晴らしいです、我が主。ですが、一つ改良を加えましょう」といったのはエルネストだった。


「ただ偽の逃走経路を教えるだけでは、すぐ隊長に気づかれてしまうと思いません? ここは囮を立てましょうよ。誰かが殿下に変装するんですよ」


「それは……、難しいでしょう。わたしと背格好の似た女性となると、補佐官の誰かか、あるいは侍女の誰かに協力を頼む必要がありますけど、訓練の内容が内容ですからね。喜んで引き受けてくれるのは侍女のミカくらいでしょうけど、彼女はわたしよりかなり背が高いですから」


「ああ、無関係の女性を巻き込もうとは思ってませんよ。そんな気の毒な真似はできませんって。うちの隊員でイイのがいるじゃないですか。───な、コリン君?」


 突然呼びかけられたコリンが「は?」と言葉を漏らしたまま固まった。


「遠目で誤魔化す分には君で十分だろう。どのみち近づいてしまったら、そっくりに作りあげようと隊長は一瞬で見破るからね。君がかつらを被って、我が主に似せた服を着て、護衛騎士たちに囲まれて走ったらいい。多少の時間稼ぎにはなるだろうさ」


 訓練所内がしんと静まり返る中で、ライアンだけが容赦なく吹き出した。


「アハハッ、くっそウケる、最高っスよエルネストさん! よかったなあ、コリンちゃん。ちびっこのお前にようやく活躍の場が来たな!」


「殺しますよボウフラ先輩」


「あぁ、ライアンは副隊長役ね。お前もかつらを被るんだよ。副隊長とは髪の色がちがうからね」


「えっ? はっ? ───はあっ? 待ってくださいよ、なんで副隊長役がいるんスか!? いらないでしょ!?」


「馬鹿な子だね、ライアン。いるに決まっているだろう。我が主が襲撃を受けているという想定だぞ? 隊長がいないのなら、副隊長は絶対にいるさ。我々が一人、また一人と倒れていこうと、副隊長は最後まで我が主の盾となる。我らの偉大なる狂犬隊長が到着するまでね」


 だからと、エルネストは面白がっていることを隠しもせずに、細い眼で笑った。


「偽者の姫君の傍には偽者の副隊長がいないとね。副隊長がいなくちゃ、隊長を釣り上げられるはずがない。一目で嘘がバレたら囮にもならないだろう?」


「全然釣りあげたくないっス。囮は絶対いやっス。だいたい、そういうあんたは何の役をするんだよ!?」


「私? 私はほら、走ることはできない身体だからね。訓練そのものには参加できないよ。でも、安心していい。変装は私の得意技なんだよ。君たちを素敵なお姫様と格好良い騎士に仕立ててあげよう」


「いらねーッ!! 俺は今も最高にイケてる騎士だっつの! ちょっと副隊長! 黙ってないでこの陰険細目センパイに何とかいってやってくださいよ!」


 チェスターはあごに手を当てて思案する様子を見せた後で、真顔でいった。


「必要な偽装だとわかっていても、お前が俺の役をやるのは耐えがたいものがあるな」


「コメントをいえなんていってないでしょ!?」


 エルネストはライアンの叫び声をきれいに聞き流すと、コリンへ向かっていった。


「君は引き受けるだろう、コリン君? 君は王妹殿下付きの近衛隊だ。我らが主のための騎士だ。その腰の剣は何のためにあるのか、忘れちゃいないだろう」


「そっ、それは無論、そうですが、しかし僕が殿下の振りをするというのは、無理があるのではないかと……!」


「なんだ……、君もライアンと同じか? 主君への忠誠心はその程度だったということか。残念だね。あぁ、気にしなくていい。責めてるわけじゃないさ。君みたいな若い子に、そこまでの覚悟は求めてはいない」


 わたしが「エルネスト、やめなさい」と止めるのと、コリンが「やります」と断言するのは同時だった。


 声が被さったことで、最年少の騎士は怯んだような顔をする。

 けれど口を閉ざすことはなく、コリンはこちらを向いて、意を決した様子で続けた。


「やらせてください。年齢なんて関係ありません。僕は殿下の近衛隊、殿下を護る騎士です。その名にふさわしい働きをしてみせます」


「あーもう、まんまと挑発に乗ってんじゃねえよバカコリン、そういうところがお前はお子様なんだよ……」


 隣でライアンが頭を抱える。

 エルネストは盛大に拍手をしながら打って変わって明るい声を出した。


「そう来なくっちゃ! さすがはコリン君、将来性抜群だね! あぁ、ライアン、お前には上げ底の靴を用意してあげるよ。副隊長を演じるには身長が足りないからね」


「はあぁぁぁー!? いらねえっス! 俺は副隊長とそんなに身長差ないから! 俺は高身長のハンサムなの!」


「ぷっ……、いや、必要でしょう、上げ底の靴。ボウフラ先輩は副隊長に比べると小さいですからね」


「お前は誰と比べてもちびっこだろうが!」


 賑やかな言い争いの声が訓練所内に響く。

 若手の騎士たちはその騒ぎに加わり、年配の騎士たちは訓練における配置について相談し始める。


 わたしが軽く息を吐くと、エルネストがコツコツと杖を鳴らしながら近づいてきていった。


「お久しぶりです、我が主。麗しきご尊顔を拝見することが叶い、このエルネスト、喜びで胸が詰まる思いです」


「わたしもあなたの顔を見ることできて嬉しいですよ。でも、人を試すような物言いを、誰彼かまわず行うのはあなたの悪い癖です」


「ははっ、久しぶりの我が主のお叱りは効きますねえ。全身に染み渡るようです」


 わたしの隣に来ていたチェスターが、冷たくいった。


「俺はときどき不思議だよ。君が隊長の剣の錆になっていないことがな」


「いやですねえ、副隊長。私が隊長に敵認定されるはずがありませんでしょう。ああ、それとも、私がいずれ我が主に背くだろうという含みでしたか? この私がいつか我が主を裏切るだろうと? 酷いな、暴言が過ぎませんか。ねえ我が主、どう思われます?」


「これ以上チェスターの眉間の皺を増やすのはおやめなさいと思っていますよ」


 糸のように細い眼が笑う。


 彼はわざとらしい仕草で肩をすくめて両手を上げた。


「聞いた話によると、西の砦の英雄殿は、我が主の狂信者だったんですって? もうね、私に殺らせてほしかったと思うくらい不満です。我が主の信奉者第一位はこの私だということを思い知らせてやりたかったのに」


「おかしなことで争わないでください、エルネスト」


 それより、と、わたしは話題を変えて二人を見た。


「この作戦についてはどう思いますか?」


 チェスターとエルネストが、揃って曖昧な笑みを浮かべた。








 ───やっぱりそうですよね、とは、思ったのです。偽の逃走経路を教える程度のことで、バーナードに勝つというのは難しいとは、わかっていたのです。








 それでも、戦うからには勝ちに行きたかった。バーナードがわたしを負けず嫌いだと評したのは正しい。普段は王家の姫として穏やかさを心がけているものの、負けん気は強いほうだと自覚している。


 だから、今日のためにできる限りの準備をした。動きにくい服装でも走れるように毎朝特訓して(付き合ってくれたミカは自分も鬼ごっこに参加したかったと嘆いて、衛士たちを慄かせていた)、本物の逃走ルートは念入りに選び、護衛騎士の配置についてもチェスターたちとよく相談した。


 ハンデが百秒の待機だけではかえって怪しまれるかと思い、『右手は使わないこと』『左眼は隠すこと』という二点も追加した。


 その上で臨んだ今日の本番。ハンデの百秒を過ぎても油断などせずに、わたしたちはゴールへ向かって懸命に走った。


 初めは不気味なほど静かだった。コリンたちが引き付けてくれているおかげだと信じようとした。




 けれど足音は、わたしたちの想像よりもずっと早く追いついてきた。






いつも読んでくださってありがとうございます。

とうとう明日、狂犬騎士2巻が発売になります。

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