第二話:太陽の騎士、紅港に立つ
「アナトリアのぉ? ナメクジ女がこんな所に何の用だ?」
集金係の男達が、無遠慮な視線をコッコに向ける。
「それ、差別発言だと思うよ? どうせならカタツムリとでも呼んで欲しいな」
コッコはやんわりと注意する。集金係の注意を自分に向けさせる。マータと屋台の店主をかばう。
「けっ。ナメクジだろうがカタツムリだろうがアメフラシだろうが関係ねえ。『女』なら身ぐるみ剥いでしまえば同じこと。マーケットなら『買い手』はいくらでもつくだろうさ」
あくまで落ち着いた態度のコッコと、集金係の返答。
集金係の男達はイラついている。そもそも『組合費』の徴収などとは言っても、実際は貧民から『みかじめ料』を回収しているだけだ。面白い仕事でも無いのに、時間ばかりかかってやりがいもない。
そこに『騎士』などが現れ、のらりくらりと邪魔をしようというのだから、鬱憤の一つや二つぶつけようという気にもなる。
「そう。ボクが異能者と知っても引いてはくれないんだね?」
「当たり前よ!」
男たちは左胸につけていた祈祷機を開き、MDを挿入した。イヤホンを通して、コードが脳に流し込まれる。
祈祷機がMDの中に記録された霊子外骨格を再生する。大気中に含まれる霊子に作用し、使用者の体内の霊子と接続。霊気物質エーテリウムを生成し、光の線と面で構成された鎧を作り出した。
LW-02 LITTLE BEAR。主に上半身の動きをサポートするために、強力な作業用アームを備えた霊子外骨格だ。本来は戦闘用では無い。しかし貨物用コンテナを持ち上げ、かつそれを担いで歩けるほどにパワフルなため、違法改造を施した上で喧嘩に使うような輩が絶えない。
「異能者だろうがこいつのパワーがあれば関係ねえ! 四拍子で丸めてやるぜ!」
そして男たちは作業アームを振り上げ、コッコへ向かい殺到する。
当然。アームはコッコのフォースフィールドによって阻まれる。しかし。今度は霊子外骨格を構成するエーテリウムがフィールドを侵食し、これを少しずつ削り取っている。
異能者のフォースフィールドは、虚数の質量を持つ物質であるエーテリウムによって対抗できる。よって霊子外骨格のフレームであれば、このようにフォースフィールドを押しつぶすことも可能になるのだ。
「なるほど。無策ではないんだ。けれど……」
コッコは右手に持っていた箸を口にくわえて、代わりに一枚のMDを取り出した。それを腰のベルトにかけていた祈祷機に挿入する。
彼女の周囲の霊子が金色に光って励起され、霊子外骨格の再生を開始する。
これを見た集金係達はさらにアームの出力を上げ、コッコをフォースフィールドごと潰してしまおうする……が、それは叶わなかった。
刹那。
コッコのフォースフィールドが一気に膨れ上がり、集金係達を吹き飛ばしたのだ。
フォース・バースト。フォースフィールドの内部で霊圧を高め、周囲のモノ吹き飛ばす衝撃波を発する技能だ。コッコはこれを、マータや水上屋台に影響ないよう威力や範囲を調整して使っていた。
そして。吹き飛ばされた集金係達が立ち上がる頃には、コッコの霊子外骨格の再生は完了していた。
脚部を中心に装甲され、踵には大きな拍車のようなローラーダッシュ機構。ついでに、腰からは尻尾のようなケーブルが伸びている。
OZ-01 Leo。とある天才アーキテクトが制作した、槍騎兵型アーキタイプ。
「最後の警告。ただちに除装してここから立ち去って。でないと……キミたちをこのまま説得するよ?」
「やれるものならやってみろナメクジ女!」
「では、遠慮なく!」
コッコの両足の踵で金色に輝く拍車が、唸りを上げて回転する。足の裏に並べられたローラーと共に、それは桟橋に噛み跡をつけながらコッコを加速させ、集金係の一人に向かって突撃する。
一人目。加速でまっすぐ突っ込んで膝蹴り。顔面ど真ん中にヒットして、前歯が全部折れる。
コッコは器から一つを箸でつまみ、ワンタンを食べる。
二人目。着地と同時に左足を軸に旋回。三回転した後に右の拍車を脇腹に叩きこむ。肋骨が何本か折れる。
コッコは器から一つを箸でつまみ、ワンタンを食べる。
三人目。ようやく反応して腕を振り下ろして来た所を、拍車を逆転させバックステップで透かす。そのまま相手のアームを踏みつけ、前蹴りでみぞおちを撃ち抜く。
コッコは器から一つを箸でつまみ、ワンタンを食べる。
四人目。背後から両腕を広げタックルを敢行。しかしコッコはその動きを把握しており、その場で後方宙返りして回避。男の頭上を取り、ヒップドロップで押しつぶす。
コッコは器から一つを箸でつまみ、ワンタンを食べる。
さらには器に口をつけて、スープまで一気の飲み干す。
十秒もかからない。文字通り、瞬きする間でコッコは四人を制圧してしまった。
集金係の男たちは気絶してはいない。ただし痛みに呻き、戦意喪失してあちこちに転がっている。
「すごい……」
マータは。その動きのすさまじさ。美しさにそれ以上の言葉を失う。
動きの一切に無駄がなく、まるで踊っているかのように敵の攻撃を避け、こちらの攻撃を当てる。最初からそうなることが決まっていたみたいに、何か大きな力によって吸い込まれるように、全く自然にそうなっていく。
霊子外骨格の性能差の一言では片付かない、圧倒的な格の違いだ。
「おじさんありがとう。ごちそうさま。美味しかったよ」
ワンタンメンを持ったまま戦っていたコッコ。カラになった白い器を、屋台の船主に返した。
「これはこれは。ひどい惨状ですねえ……」
かつ。かつ。と。
安全靴の足音をわざとらしくたてて、またもや作業服の男が現れた。
今度は蛸族の男だ。鱗もヒレもないのっぺりした頭で、口元に髭のように触手を垂らしている。
「よもやアナトリアの騎士とは。このような地の果てで見えるとは思いもよらぬことです」
男はやはり、慇懃にネクタイを締めていた。
「……わっさ。キミも、集金係なの?」
「ええ。『わたくしが』集金係でございます。港湾労働者組合の役員として、この水上マーケットの管理を任されています」
「ふうん……」
コッコは尻で潰していた魚族の男から立ち上がる。
あちこちに転がっている、息を切らしてエラも開ききっている男達を、新しく現れたタコ男は一瞥もしない。
「観光ですか? それともビジネスで? いずれにせよ、ここは騎士様にお似合いの場所とは言い難いとは思いますが……」
「回りくどい言い方はしなくていいよ。用が済んだらすぐに出ていく」
「ええ、その方が良いでしょう。ここにはいろいろと、良くないモノが流れ着く」
タコ男はすっと背筋を伸ばし、水上マーケットを見下ろす。
「この貧民街は、様々な経緯から水上警察の管轄からは外れています。故にマーケットも、違法な品や盗まれた品、あるいは取引が禁止されている品が多く流通しているのです」
「管理をしているというのに、組合は何もしないの?」
「ええ。あくまで組合が管理しているのはこの運河の使用権。そこのワンタンメンも、組合費さえ支払っていれば、中身がエビかブタかも関知しません」
乱暴に見えるかもしれませんが、これもまた、わたくし共の自由なのですよ。
と、タコ男は顎の触手を八方に伸ばす。
「……ですので、困るのですよね。組合費を払わぬまま渡し屋などされては」
光条。
何の予備動作も無しにプラズマが発生し、それが光の線となって空を裂き、マータに向かって放たれた。
コッコは手を伸ばすが、間に合わない。プラズマはコッコの腕をすり抜け、呆然としていたマータの胸を突き刺す。
「……え?」
状況が理解できないまま、マータは膝から力を失くして。
桟橋から海へ。背中から落ちていった。
次回。第三話:集金係の八つの手
9/1 2400 に投稿予定です