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クラウドブレイカー  作者: 七国山昇
地下鉄編
20/27

第十九話:未明の帰還不能点

 霊子外骨格(アーキタイプ)の作り方。

 といって。適当に作るのなら難しいことはそんなにない。近年の霊子外骨格(アーキタイプ)の各パーツはユニット化が進んでおり、互換性も高い。よほど相性の悪い組み合わせでもなければ『とりあえず動く』程度のモノを組むことは簡単だ。


 霊子外骨格(アーキタイプ)のパーツは、大まかに次のように分類できる。


 身体強化技能(スキル)が組み込まれ、装甲の役割を兼ねたフレーム。

 各種感覚強化技能(スキル)が搭載されたセンサー。

 様々な霊子兵装と、攻撃系技能(スキル)を制御する火器管制システム(FCS)

 異層次元に格納され、各種演算を行う霊子頭脳(エーテルブレイン)

 そして。それらパーツと着装者の脳を橋渡しするOS。


 これらのパーツを組み合わせることで『誰でも』霊子外骨格(アーキタイプ)を作ることができるというわけだ。


 とはいえ。『実戦レベル』となると話は別だ。適当に組んでしまうと、フレームの強化ばかりに気を取られて霊力不足に陥ったり、センサーの技能(スキル)を増やし過ぎてUIがぐちゃぐちゃになったり、霊子武装とFCSの『射程距離』が噛み合わなくて全く攻撃を当てられなくなったり、ロクでもないものばかりできてしまう。


 そこで俺のような元型師(アーキテクト)の出番だ。使用者の霊力や目的に合わせ、最適なパーツを選択、あるいは自作のパーツを使って霊子外骨格(アーキタイプ)を組み上げる。

 日々最新の技能(スキル)が発掘され、急速に尖鋭化していく技術に対応する。時間や予算の問題も考慮した上で、顧客が求める性能を満たす。


 元型師(アーキテクト)とは、そういう、霊子工学の専門家というわけだ。


「だからここからはスタンドアロンモードでやらせてもらう。外部センサーを全部切って、外界からの情報をシャットダウンするぞ」

「わかった。眠るってことだね」

「外からの理解はそれで間違いない……それと」

「うん」

「俺は、お前の気が変わるのを望んでいる。次に俺が目覚める時、トニーの前でないことを祈らせてもらうぜ」

「どうせならマータちゃんの無事とボクの勝利を祈ってくれればいいのに」

「嫌だね。とりあえずモノは仕上げるさ。楽しみにしてな」


 そうして俺ことイナバは、ウサギのようなモヒカンのぬいぐるみは、それっきり、死んだように動かなくなった。

 

 やがて。数時間後。

 コッコは再び目覚め、出立の準備を始める。

 太腿まで届く長さの乗馬用ブーツを履いて、背中に太陽の描かれた白いコートを羽織り、冗談みたいに小さい羽根帽子をツインテールに結んだ頭に載せる。

 コート以外はエーテリウムで再現したモノだ。汚れや痛みはリセットできる。

 

 残る問題は、コッコ自身の体調。

 コッコは素手になった右手を握って、開く。

 よく眠れたとは言い難いが、体温は戻ってきた。体力は戻り、そこそこ力も入るようになっている。とりあえず霊子外骨格(アーキタイプ)の使用に問題はないだろう。  

 

 そしてコッコは、水没した駅を去る。

 プラットフォームから階段を昇り、別のホームを目指した。


 地下鉄駅は、それ自体が広大な地下街を形成している。

 機械生命体(オートマトン)はあちこちで掘削を行って通路を拡げ、通風ダクトのファンを稼働させ、駅の券売機やキオスクを運営している。

 

 コッコも。途中の売店でサンドイッチを購入した。駅構内では代用貨幣(プラスチック)は使えず、メトロパスにチャージされた霊子貨幣のみが使える。と、言うより。そもそも。メトロパスの代用として代用貨幣(プラスチック)が存在するわけなのだが。


 トニーが決闘の場所に指定したのは埠頭の倉庫。であれば、地下鉄なら9番線のホームから出る電車に乗るのが一番の近道だった。

 しかしそこからが難しい。拡張と改装を続ける駅構内では、案内板はほとんど役に立たない。コッコは何本も地下通路を通り抜け、いくつかの階段を昇ったり降りたりして、ようやく9番線ホームへ繋がる階段を発見した。


 そして。そのホームへと続く階段の中間で、マリカが待っていたのだ。

 今度のマリカは。ホテルで見た道士服ではなく、真っ赤なドレスに身を包んでいた。


 マリカ・ウィクトーリア。

 キョンシーを操る道士にして、冥精人(プルート)に属する吸血鬼(ヴァンパイア)である。

 吸血鬼(ヴァンパイア)については謎が多い。『死に生きるもの』であること、血を吸うことでしか栄養補給ができないこと、『血族』を重視すること……はっきりわかっているのはそれくらいだ。

 

 マリカ自身にしても、わかっていることは少ない。ホテル・ウィクトーリアの支配人だが、それ以上の私生活については全く知られていないし、そもそもその姿も数十年ほど前から『全く』変わっていない。若い女の姿のままだ。


 ホテルで燃料気化爆弾の爆発に巻き込まれて尚この様子だと、フォースフィールド以外にも何らかの防御手段(トリック)があったのだろう。

 あるいは噂の通り吸血鬼(ヴァンパイア)とは『不死身』とでも言うのだろうか。


「わっさー。マリカさん。やっぱり洋服の方が似合っているね」

「コッコさんも、お元気そうで」

「おかげさまで……ね」


 マリカに向かい、首を傾げるコッコ。彼女にしては、珍しく皮肉っぽい反応。


「私共は、この街の秩序を護るために選択しました。故にコッコさんへ個人的な恨みはございません。その上で、コッコさんが我々と対立するのであれば、また対応は違ってきますが……」

「我々の邪魔をするな。このまま引き返せと。マリカさんも言うの? 状況は知っているんでしょう?」

「ええ。存じています。ただ今、埠頭の倉庫にわが社のキョンシー部隊を……」


 言いかけた所で、着信音。

 マリカはドレスの胸元から携帯電話を取り出し、通話に出る。

 そのまま、二、三言葉を交わし。


「キョンシー部隊が全滅? 二十秒足らずで……ですか?」


 携帯電話を閉じて、頭を抱え、マリカはため息をついた。


「やはりダメですね。今のトニーさんは暴走状態。組合の仲間すら取り込んで霊力(フォース)を桁違いに高めているようです」

「だろうね。異能(アーツ)もコピーできてるわけだし」

「それでも、行くのですか? コッコさん」


 紫色の眼でコッコを見つめるマリカ。

 存外。透き通った眼光を、しかしコッコは跳ねのける。


「行くよ。ボクは騎士だからね」

「既に水上警察も動いています。港湾労働者組合が事実上壊滅状態であるので、不可侵の協定も無視されているのでしょうね」

「そう」

「水上警察も、仲間の鯱族(オルカ)の少女が人質に取られているとなれば、救出するつもりもあるのでしょう」

「かもね」

「それでも。行くと言うのですか? 一介のトラブルシューターに、そんな責任があるとお思いですか?」

「トラブルシューターじゃない。ボクの責任だ」


 階段を降りるコッコ。

 その足取りに、少しのブレもなく。すたすたと真っすぐ降りてホームへ向かっていく。 

 そうして、すれ違う直前で。マリカが手を出してコッコの進路を塞ぐ。

 その手には、一枚の紙切れが指に挟まっていた。


「当ホテルの最上級スイートルーム。その無料宿泊券ですわ。此度の件のお詫びとして、差し上げます」

「……いらないよ」

「そうですか? ペア用チケットですのに」

「…………」


 黙ったまま、マリカからチケットを受けとるコッコ。

 それっきり、マリカは手を下ろす。コッコを阻まない。


「わたくし共は企業です。『投資』の対象も、より利益が望める者に投資いたします」

「マリカさん……」

「タイミング的には、あの夜が最後のチャンスだったのですよ。マータさんがストームルーラーを破壊し、その異常性を身に受けた。この時点で、大半の人間は拒絶反応を起こすハズでした。強大すぎる異常性に耐えきれず、悪夢に侵され廃人になると考えていたのです」


 クラスⅢの異常存在(イレギュラー)。しかし、それを『偶然』破壊した程度で、異能(アーツ)が身につくというシンプルな話ではない。

 悪夢病。高濃度のオチミズに長時間触れた者に訪れる病。精神を悪夢に苛まれ、やがて肉体すらも空色に変化して、最終的には存在ごと消えてしまうという奇病。

 オチミズとの接触のみならず、強力な異能者(イレギュラー)異常存在(イレギュラー)と接触することでも起こる可能性はあるとも言われてる。


 しかし。いずれにしてもマータは悪夢に侵されはおらず、若干の違和感を覚えながらも見事に適合した。

 嵐の王(ストームルーラー)は彼女を選んだ。


「こうなってしまっては、マータさんからストームルーラーを摘出することは不可能になります」

「仮に。ストームルーラーを摘出できていたら、マータちゃんは普通に戻れた?」

「人格が消失し、キョンシー化はしますが……命は助かります」

「……やっぱり、そうならなくて良かったよ」

「ですが。トニーさんの能力であれば『食う』ことはできるでしょう。状況は緊迫しています」


 トニーの異能(アーツ)異常存在(イレギュラー)の力すら食らって己のモノとすることができるという例外(イレギュラー)

 

「彼は。ボクが止めるよ。必ず」

「では。水上警察にはしばらく待機させましょう。どうせ無理でしょうし。アナトリアの騎士が『説得』に行くと伝えておきます……そして」


 ほら。電車が来ました。

 そんなマリカの言葉と同時に、ブレーキ音。金属が軋む音。

 地下鉄ホームに、電車が滑り込んでいく。


「……お礼は後で言うね! とりあえずマリカさん! お元気で!」


 急いで階段をかけ降り。電車に乗り込むコッコ。

 振り返り、閉まるドアから階段を見上げると、すでにマリカの姿は階段の上にも下にもない。あんなに目立つドレスを着ていたのに、霧か霞のように、消えてしまった。

 ほどなくして電車は発車し、次の駅へ向かう。

 三駅ほど行けば、埠頭の倉庫へ着くだろう。

 コッコはがらがらの車内でもシートに座ることなく、地下道を進む真っ暗な窓の外を眺めていた。

次回。第二十話:評決の日

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