表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クラウドブレイカー  作者: 七国山昇
貧民街編
2/27

第一話:はじまりはいつも曇り空

 夜が明けた。

 昨夜の雨は上がったが、空は依然として鉛色の雲に覆われていて、アスファルトに落ちる影も曖昧に溶けてしまうばかりだ。

 中でも。紅港の貧民街は灰色に染まり切っている。油の浮いた運河も、その上にひしめく無数のバラックも、船上生活者が寝転がっている小型船も、あるいは這いずるように吹き抜ける潮風すら、どんよりとしたモノトーンに支配されていた。


 そんな貧民街を、銀色の髪を曖昧な薄日に照らされ、少女が歩いていた。

 海色をした、丈の短い貫頭衣(ワンピース)に身を包み、腰に二本の短剣を差している。治安の悪いこの都市では、女子でも護身用の武器を携帯することは珍しくない。

 素足にサンダルを履いているが、見栄えよりは丈夫さと安さを重視した簡素なものだ。


 少女の名はマータ。マータ・カルカーサという。

 彼女は現在、貧民街で渡し屋をして生計を立てている。

 昨夜はひどい雨に降られた上に、仕事で少々のトラブルに見舞われていた。そのせいでひどく疲れてもいた。なので昨晩はつい眠りすぎて、今この時間まで起きることができなかった。

 当然。朝の客は取り逃してしまっている。

 ついてない日だ。


「むむむ……」

 

 おもむろに財布を取り出し、中をあらためるマータ。

 財布の中身は企業体連合(リヴァイアサン)代用貨幣(プラスチック)が数枚。


「むう……」


 マータは立ち止まり、桟橋を見下ろす。

 桟橋の下では既にいくつものボートが集まり、水上マーケットが開かれていた。

 売られている物は合成食品のみならず、実に様々。怪しげなコピー商品や海賊版ディスク、何に使うかもわからない機械。違法改造された銃器。そして精製されたオチミズ。

 きっとなんでも手に入るだろう。質や値段は定かではないが。

 灰色の貧民街でも、いくらかの『色彩』を感じることのできる数少ない場所である。


 だが、その中でもマータの目当ては一つしかない。

 マーケットから少々外れた位置にとまっているボート。そのボートの上では、三角笠を被った船主が鍋と蒸籠を使って料理をしていた。

 その場で作り、桟橋の客に食べさせる水上屋台だ。

 出している料理は、魚介スープとエビを使ったワンタンメン。

 マータの今の財布ならば、ギリギリ一杯分くらいのお金は出せるだろう。


「よし!」


 意を決して、マータは財布を握りしめ、水上屋台の元へ向かった。

 財布の中身を全て船主に渡して、船のとまっている桟橋の端に座り、両足を垂らす。

 これで、今日も財布の中身はカラになった。

 

 けれど、昨夜の仕事はなんとか成功している。その報酬が入ってくれば、いくらかまとまったお金が入ってくる見込みだ。ならば今はあたたかいワンタンメンを食べて、気持ちを落ち着かせよう。

 そんな風に、ややのんきに、マータは考えていた。


「わあ! ワンタンが四つ! 二つ(ドゥ―)二つ(ドゥ―)四つ(カトル)もあるよ! おじさんありがとう!」


 マータがふと隣を見ると、屋台の先客がワンタンメンに感嘆の声を上げていた。

 この水上屋台のワンタンは、合成ではなく本物のエビを使っている。しかもそんなワンタンを、豪胆にも一杯に四つも入れてくれるのだ。だから、マータはこの屋台を気に入っていた。

 やがて自分にも訪れる感動におなかをときめかせ、そわそわと船主の手際を眺めるマータ。


「よお。マータじゃねえか。渡し屋のマータだ。ようやく会えたぜ」


 だが、そんなマータの背後から、唐突に声がかかる。


「今日の商売は順調かい? ああ、気にするなこいつはただの挨拶だ。俺達は、集金係の者だ」


 そこにいたのは、四人の魚族(サハギン)の男達だった。

 いずれも一様に作業服に身を包み、慇懃にネクタイなど締めている。だが鱗に覆われた顔を並べ、威圧的にエラを張っている様は『友好的』な態度とは言い難い。


「実はな。今月から組合費が値上げになったって話があってな。お前は先月分の組合費も払っていないようだが、平気かい?」


 桟橋に座っているマータを、集金係の男達は左右から囲い込む。

 顔を斜めに傾け、無遠慮にマータの顔を覗き込んでいる。


 マータは、ゆっくりと振り返る。

 だが、男達とは視線を合わせない。

 桟橋から半分だけ振り返り、体を男たちに正対しないようにしつつ、手を胸に置く。

 背中を丸めて、身を縮こませ、おなかをかばおうとする。


「値上げしたって話は、聞いてない……値上げなら、先月したばかりじゃないの?」

「組合にも事情があるらしくてなあ。全く困っちゃうよなあ? けれど。払うものは払っておいた方がいいと思うぜ?」


 大げさに、身振り手振りを交えて話す集金係。

 だがそれは、あくまでマータを逃がさないためのものだ。


「そうそう。払わないと困るんじゃあねえのか?」

「お前のようなチビのガキがチンピラに襲われても、組合が助けてくれなくなっちゃうぜ?」


 ぎゃはは。

 四人が笑う。マータから視線は外さない。動きに気を配り、取り囲み、逃げ道を塞ぐ。


「お金は……今は、無い……使っちゃったから……」


 何とか。それだけ。

 絞り出すように、マータは答える。

 今やすっかりうつむいて、肩を震わせていた。


「無い? 使っちまった? ああ、ワンタン屋か」

「じゃあしょうがない。俺達が少し建て替えてやるよ」

「代わりにワンタンメンは貰うけどな!」

「だが……ワンタンメン一杯くらいじゃ先月分の会費にも足りないぜ?」


「それは、その……昨日のお仕事のお金が入れば、なんとか……」


「それじゃあ、そのカネが入ってくるまで今日は一緒にいようぜ」

「困ったときはお互い様だからな!」

「それとも、新しいバイトでも紹介してやろうか? もっとカネが良くて、手っ取り早い方法さ」

「ほら。うつむいていてもイイコトは無いぜ。上を向いて立ち上がりなあ……」


 さらには、男の一人がマータに手を伸ばす。脇の下から手を入れ、二の腕を掴む。

 マータは無理矢理立ち上がらされ、取り囲まれる。


「や、やだ……離して……」

「遠慮するな。お前の問題を俺達が解決してやろうって言うのさ。お前がちょっとガンバってみれば、みんながハッピーになれる方法さ。ほら、マーケットの裏の方へ……」


 マータを何処かへ連れて行こうとする男達。

 その男の腕を、背後から伸びた箸が掴んだ。そのまま手首をネジって、ひねり上げる。

 男は悲鳴を上げ、マータから手を放す。たかが一膳の箸で挟まれただけだというのに、腕には耐えがたい激痛が走っていた。

 そして、箸はさらに男の腕をひねって、そのまま桟橋の上に引き倒してしまった。


 もちろん。ただの箸がひとりでに動いて、男の腕を掴んだわけではない。

 箸にはそれを持つ手と、持ち主が存在した。


「わっさー。集金係? の方々……」


 白い羽根付きのミニハット。ツインテールに結んだ赤い髪。白いコートに、太腿まで届く長い乗馬用ブーツ。

 曇り空の下で、尚鮮やかな色彩。

 貧民街に満ち満ちている灰色に染まらない、清浄な白と鮮烈な赤。

 そして少々タレ目気味だが、らんらんと輝く金色の瞳を持つ、少女だった。


「不躾に」

 ずるずる。

「女の子の二の腕に」

 ずるる。

「触っちゃダメだよ」

 ずずー。

「しかも大勢で囲って、背後からだなんて」

 ずるずる。

「それに、注文していたワンタンメンまで奪うだなんて」

 ずるる。

「そもそも彼女はボクが先に声をかけようとしてたんだ。横取りしてんじゃないよ」

 ずるん。


 ワンタンメンを抱えたまま、合間に麺をすすりつつ喋るコートの少女。

 集金係の男たちは当然にいきり立ち、少女に迫っていく。


「なんだ手前コラ!」

「関係ねえ奴が口を挟むなコラ!」

「ワンタンメン一杯くらいなんじゃコラ!」

「食うか喋るかどっちかにしろコラ!」


 コートの少女は、つるんと麺を飲み込み、とくとくと口を開いた。


「これは……『騎士たるもの、出されたご飯は残さず食べるべし』って先生が言ってたから……早く食べないと麺が伸びちゃうし……」

「知らねえよそんなこと!」

「キミ達は。組合っていうのは。労働者を護るための組織じゃないのかい? 会費については事情もあるだろうけど、いくらなんでもやり方が強引すぎる。これじゃまるで人さらいだ」


 首を傾げる少女。

 これに対し、集金係の男達は互いの顔を見合わせ、軽く笑い飛ばした。


「あっれー? そんなこと言ったか? 確かにオレらは『集金係』とは名乗ったが『労働組合の』とは言ってないぜ?」

「このマータが組合費を払わなかったばかりに『チンピラ』にさらわれて『どこか』に売り飛ばされたとしても、組合は関係ないさ」


「……なるほど。わかったよ」


 コートの少女は、つかつかと歩いて立ち位置を変える。

 集金係とマータの間。男たちから、マータと屋台の船主を護れる位置に。


「ではボクが、ここでキミたちを『説得』しても、組合には関係ないってわけだね」

「やるのかてめえ!」


 言うが早いか。男たちの一人がコートの少女に殴りかかる。

 だがその拳は、少女には届かない。

 拳は少女に届く直前で不可視の障壁に阻まれ、それ以上進むことは無かった。異層次元の『境界』が、男の拳を阻んでいるのだ。 


「フォースフィールド!? こいつ、異能者(イレギュラー)か!」


 男達は一旦拳を引いて、後ずさる。

 コートの少女と一時、距離を取る。


二人(ドゥ―)二人(ドゥ―)四人(カトル)だね」


 ワンタンメンの器を左に。箸を右手に持ったまま離すことなく、コートの少女は集金係を名乗る四人の魚族(サハギン)の男達を眺める。


「申し遅れたね。ボクはコッコ。コッコ=サニーライト」


 白いコートを翻し、少女は名を名乗る。


「トラブルシューターで……アナトリアの、巡礼騎士だよ」


 マータは見ていた。少女の白いコートの背中に、真っ赤な太陽が描かれているのを。

 『右回りの太陽』。巡礼者を見守る、太陽教(アナトリア)のホーリーシンボル。

 それが、コッコとマータの出会いで。

 この都市を巡る『大げさな』騒乱の、幕開けだった。

次回。第二話:太陽の騎士、紅港に立つ

9/1 1900に更新予定です

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ