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寡黙王子と魔女のひまわり  作者: 藤由 囲(ふじよしかこい)
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婚約編6


 婚約式を終え皆を見送ったあと、アンリと共に控え室に戻ったニコレットはふぅと息を吐いた。


「疲れたか?」


 ソファーの隣に座って、カフスピンを外しながら問うアンリに、ニコレットは困ったように笑う。


「はい、少し」


 こう言うのは失礼だろうかと少し考えたけれど、正直に答えるとアンリは口角を上げた。これは正解。アンリはニコレットが正直に気持ちを伝えると、ことのほか喜んでくれるのだ。


「頑張ってくれて助かった」

「いえ、出来て当然のことなので。不甲斐ないです」


 やはり、さまざまな思惑が蠢く場は疲れる。

 全員が満足する正解などないのに、ニコレットは勝手に理想を求めてしまう。どうすれば最善かを考えて、考えて、考えて――これまでであれば疲れ切ってしまっていたけれど。


「アンリ様のご期待には添えましたか?」

「十二分に」

「……そう答えてくださるとわかって訊いた私は、狡いでしょうか」

「まさか。わかっているだろう?」


 そう。アンリはニコレットを受け入れてくれるから、疲れたけれど達成感があった。どうしてそこまで寛大に想ってくださるのか、いつか聞いてもいいだろうか。

 本来であればもっと寡黙らしいアンリは、ニコレットには極力言葉を贈ってくれる。ニコレットの能力を考えれば伝えずともわかることが多いにも関わらず、特別言葉を尽くしてくれるのは、言い表せられないくらいに嬉しくて幸せだ。


 アンリの前では自分を偽らずに過ごせる。こんなのはまだ魔女がなんたるかを知らなかった子供の頃以来で、ニコレットは自身が魔女と疑われた時に失ってしまった幼い時間を今取り戻せたような気持ちになった。


 そういえば、ひまわり畑で遊んだあの男の子――あの子の髪色はアンリによく似ていた。お城のパーティーだったし、もしかしたらアンリの親族かも知れない。青い瞳がひまわりによく映えて、とても可愛らしい少年だった。


「――あ、」


 そこまで思い出して、ニコレットはハッとする。

 金色の髪、青い目。……雰囲気は違っているけれど。


「? どうした?」

「あ、すみませんアンリ様。少し、昔のことを思い出していました。子供の頃遊んだ相手に、この間会った気がして……」

「……どういうことだ?」


 ちょっとした雑談のつもりだったが、アンリは思いの外食い付いた。強い関心を持った瞳に驚きながら、ニコレットは話し出す。


「まだ幼い頃の事ですけれど、お城で男の子と遊んだことがあるんです。輝くような金の髪に青い瞳の、天使みたいに可愛らしい子でした。

 その子と、この前妹と街に出た時に出会った方の雰囲気が似ていて、もしかしたら彼かも知れないと……そんな素振りはなかったんですけど、今ふと思ったんです」


 説明を終えたニコレットは、心臓がいやに脈打つのを感じた。――アンリの様子が、険しい。

 いつも無表情ながらもニコレットに優しいアンリだ。婚約式で大公爵と対峙する時ですらこんな刺々しい雰囲気ではなかった。なにか、いけない事でもしてしまっただろうか。


「あの、」

「その男の名前は? 護衛は何をしていた?」

「な、まえは、ミカ様と仰いました。護衛の方も、その、急な訪問に驚いていらして、」


 駄目だ。不安から声が震えてしまった。甘やかされている自覚はあったが、思ったよりもニコレットはアンリの優しさに慣れてしまっていたようだ。責められているわけではないとわかっているのに、尋問のような訊き方に怯えてしまった。


「――すまない、怖がらせたな。怒っている訳ではないんだ。

 それで、ミカとやらは何を?」


 アンリは幾分か口調をやわらげたが、ニコレットは迷う。ミカはあの時、アンリとの婚約をやめて自分にしないかと言ったのだ。断ったが、わざわざアンリに伝えたい内容ではなかった。

 けれど。

 真正面からニコレットに向き合ってくれるアンリに、隠し事をするのも嘘をつくのも嫌だった。


「アンリ様との婚約をやめて、自分にしないか、と」


 口にした途端ピリついた空気に、慌ててニコレットは続ける。アンリに誤解されたくない。


「けれど、それは本心とは違っていました! 私ももちろん断って、それで、」


 緊張と不安から狼狽えるニコレットを、アンリは手で制した。目を逸らしニコレットに言葉をかけないその仕草が、アンリの気持ちを明確に表していた。


 少しの間、沈黙が流れる。

 ニコレットはアンリの危惧を感じ取っていた。それはニコレットに向けてでは無く、きっと……


「ミカ様とは、どんなご関係なのですか……?」

「……確信がないことは言いたくない」


 端的に、その通りなのだろう。ミカはアンリの不安の種のようだが、その正体をまだ掴みきっていないのだろう。確証のないことを言って、ニコレットを混乱させたくないのだ。

 アンリの大きなはずの身体が、いつもより小さく見える。こんな時、どうすればアンリを癒せるのだろう。わからない自分が悔しかった。

 しばらく俯いたアンリを見つめていると、不意にアンリが顔を上げた。真っ直ぐな瞳に捕まった、と思った時。


「抱きしめていいか」

「はい」


 言葉の意味を理解する前に答えた。アンリがそれを心から望んでいるとわかったから、内容はなんでもよかった。――理解した頃には、もう抱きしめられていた。


「……!」


 ニコレットをすっぽりと覆ってしまう、長く力強い腕。ニコレットの跳ねる鼓動もきっと伝わってしまっているだろう。

 どきどきする。それ以上に……体温に安心する。抱きしめられるのなんて初めてなのに、あまりにしっくりと来てしまった。二人の身体がぴったりと重なって、まるでお互いのために存在しているみたいだ。きっと他の誰ともこんなに合うことはないだろう。


「誰にも渡したくない」


 アンリが言った。切実な願いのように感じた。


「……渡さないでください」


 ニコレットのそれも、紛れもなく本心だった。



 婚約式の夜。不安と危惧、それから大きな独占欲と愛しさを感じながら、二人は時間の許す限り抱きしめ合った。

 今日くらいは二人きりに、と気を利かせたジョルジュがこれ以上は無理だとドアを叩いた頃には、いつもの二人になっていた。




お読みいただきありがとうございます!

いいねやブックマーク、下の☆☆☆☆☆評価など頂けると嬉しいです♪


婚約編はここで終わり、これから学園編が始まります。

学園編が書き終わったらアップを開始しますので、読んでいただけたら幸いです☺️

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