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寡黙王子と魔女のひまわり  作者: 藤由 囲(ふじよしかこい)
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婚約編5


 ニコレットの魔女裁判は予定通り、そして当初の予想通り進んだ。


 ニコレットは魔女に誘惑された子どもだとされたので、同じ境遇の子どもたちと魔女の学園に入ることとなる。そこは全寮制でよほどのことがない限り実家に帰ることも許されない。中の様子が外に漏れることもないため、一般国民にはどんな教育が行われているかまったくわからないところだ。


 判決に、落胆はしなかった。幼い頃から想定していたことなのと、――アンリとの約束があるから。

 ニコレットは魔女裁判にかけられた者として幸せになるのだ。同じ境遇の人たちが後に続けるように。

 そのための第一歩として、裁判の翌日、さっそく二人の婚約式の日程が発表された。




※※※




 婚約式に参加するのは王族と有力貴族、それからニコレットの両親と妹だ。


 めでたい席とは云えニコレットは魔女に魅入られた子である。父や母、妹に心無い言葉が投げられないか不安はあったが、三人とも笑顔で送り出してくれた。ニコレットは本当に恵まれていて、この愛に応えたいと思う。



 準備のため、ニコレットは控え室に通された。

 アンリからは何も持たずに来ていいと言われていたが、その通りそこにはドレスやアクセサリー一式が準備されていた。もちろん、アンリを想像させる色合いのものばかりだ。独占欲を垣間見て、ニコレットはクスリと笑った。

 ドレスこそ一着だったが、アクセサリーは好みに合わせて選べるようにいくつも用意されていて、ニコレットは驚きつつも嬉しくなってしまう。アンリの瞳を思わせる緑の石があしらわれたアクセサリーは、ニコレットの落ち着いた赤髪によく映えた。マルシャン家から一緒に来てくれた侍女とああでもないこうでもないと言いながら、時間が許す限り吟味して選んでゆく。

 

 トントン

 最後の仕上げを終えた時、ちょうど言われていた時間ぴったりにノックの音がした。アンリだ。後ろにはジョルジュも控えていた。

 ドレスアップしたニコレットを見たアンリは、少しだけ目を見開いて。


「とても良く似合っている」


 あれから何度か会っているので、もうニコレットを見て目を覆うようなことはしない。曰く、会える時間は限られているので、一秒でも長く見ていたいのだそうだ。けれどそんな言い分を知らない侍女は、薄く笑うだけのアンリの反応に少しがっかりしたようだった。あれだけの贈り物を見た後だから、もっと大袈裟に褒めるものだと思っていたのだろう。けれど、ニコレットにはアンリが心底喜んでくれているのがわかる。これは寡黙王子の最上級の歓喜だ。


「ありがとうございます。こんなに素敵なドレスで婚約できるなんて嬉しいです」

「気に入ってもらえて良かった」


 そう言うアンリもいつもより着飾っている。ニコレットのドレスよりもワントーン暗いゴールド調の式典服は、アンリをより凛々しく見せた。胸元には赤い石があしらわれていて、ニコレットの赤を意識してくれているのが嬉しい。


「アンリ様も、とても素敵です」

「……ああ」


 見つめ合って、しばらくの沈黙。

 これからニコレットを待ち受ける出来事はきっと大変なことだらけだろうけれど、アンリの側にいられるのであれば期待の方が大きかった。それでも、手は震えてしまうのだが。


「緊張している?」

「はい」


 正直に答えた。魔女として管理されながら生きていくと思っていたニコレットには、あまりに大きな激流に身を投げることになる。


「でも、楽しみでもあります」


 それも本心。だって、たどり着く未来はきっと明るいと、アンリが思わせてくれるから。


「――君なら、そう言ってくれると思った。

 さあ、行こう」


 差し出された手を取ると、ニコレットの手は震えごとアンリの大きな手に包まれてしまった。

 大丈夫だと、言ってもらえているような気がした。

 



※※※




「これを以て第二王子アンリとマルシャン侯爵家ニコレットの婚約を確立とする」


 厳かな婚約式は滞りなく終了した。

 大公爵を筆頭に第一王子派の面々は、第二王子が自ら貧乏くじを引きに行ったとご満悦だ。もとよりアンリを推している貴族達はニコレットがその能力をもって見る限り不服そうであったが、不満を露わにするような者は居おらず表面上は穏やかな式典だった。なるほど、第二王子派の人間は弁えているらしい。

 


 式が終わりビュッフェ形式の食事が振る舞われ、アンリとニコレットは国王陛下へ挨拶に行く。

 あわよくば陛下の御心を知りたいと思ったが、陛下は感情を表にも裏にも表さなかった。ニコレットが心情を悟れるような相手ではなく、国を率いる王はやはり一流なのだと思い知る。

 その後参列者から挨拶を受けていた二人のもとに、恰幅がよく貫禄のある男性がやってきた。


「殿下、ご機嫌麗しゅう。良い式でしたな」

「ガルニエ卿、ご参列痛み入ります」


 アンリが礼を言ったのは、レオポルド・ガルニエ卿。知らぬ者はいない大公爵で、第一王子派閥の中心人物だと聞いている。魔女を取り巻く制度や学園にも大きな影響力を持っているらしい。

 ニコレットの苦手な、腹に一物をかかえている人間だ。陛下ほどではないが、潜った修羅場も多いのだろうことが容易にわかる内心が読みにくい表情で、ガルニエ卿はニコレットに向き直った。


「ニコレット嬢にもお祝い申し上げる」

「ありがたく存じます」


 無難に礼を返したニコレットに頷いて、ガルニエ卿はまたアンリに話しかけた。出来るだけニコレットの人の心を読むという能力を避けているのだろう。ニコレットですら見落としてしまいそうな自然な振る舞いは、流石としか言いようがない。


「して、殿下。彼女はこれから何処に住まう予定で?」


 それは、ニコレットを王妃として扱うのかという質問だろう。まだアンリは王位継承者として決定していないが、可能性がある以上その婚約者は王妃候補だ。であれば、然るべき部屋と教育が用意される。そこに禍の魔女を招くのかという問い。あわよくばそこからアンリの立場を下げるつもりか。

 その意図を十分に理解しているアンリは、けれど淡々と答える。


「彼女は魔女の誘惑を受けているので、学園の寮に参ります」


 その言葉に、周りがざわついた。王子の婚約内定者が学園、しかも寮に行くとは思っていなかったのだろう。おおかたこの婚約式を機に、裁判を反故にして城に囲うものと考えていたようだ。それだけの権力は持っているし、王子の婚約者が学園入りするなどもちろん前例にない。

 その場の疑問を代表するようにガルニエ卿がアンリに問う。


「しかし、殿下の婚約者ともあろう人が学園に入るなど、色々と問題があるのでは?」

「問題とは?」

「彼女は尊いお方になるのでしょう」


 明言はしないが、ガルニエ卿は危険を示唆した。そうは言ってもニコレットの身の安全は建前で――ニコレットが学園に入れば、当然その生活には王家の監視がつく。それが不都合なのだろう。


「そうですね。ガルニエ卿にそう言ってもらえるのであれば、護衛は付けさせていただきたい。私も折を見て顔を出しましょう。学園の教育は大変高度だと聞いているので楽しみだ」


 ニコレットを学園に近づけさせまいとするガルニエ卿の狙いをひらりとかわして、アンリは王家の介入をこじつける。そして極め付け、


「ニコレットは敬虔で真面目な女性だ。魔女の誘惑を受けた身で城でのうのうと暮らすなど、わがままを通す気はないのです。

 私は彼女のそんなところを深く尊敬しています」


 滅多に表情を変えないアンリが愛おしそうに目を細めれば、周りにいた令嬢方からため息が漏れた。場は完全にアンリの手中だ。こうなってしまえば、ここでことを荒立てるのが得策でないことはガルニエ卿にも明白で。

 アンリはそうして、ニコレットの株を上げて話を締めたのだった。



この後0時に6話をアップします。


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