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寡黙王子と魔女のひまわり  作者: 藤由 囲(ふじよしかこい)
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婚約編1


 この国には魔女と呼ばれる存在があって、それは禍いをもたらすものであると言われていた。魔女の疑いをかけられた女性は、裁判ののち多くが専門施設へ強制収監される。時に男性も魔女の烙印を押されることがあるが、最近ではあまり聞かない話だ。


 悪質な魔女とされた場合は極刑もあった。収監された魔女がどうなったかを知る者もいない。

 けれど魔法が本当に存在するかと問われれば、誰にも答えは出せない。ここはそんな国だった。



 ニコレット・マルシャンは来年十六歳を迎える。そしてそれは、彼女がもうすぐ魔女裁判にかけられることを意味していた。

 どれだけ魔女の疑いをかけられても、成人になるまでは「魔女に誘惑された人間の子ども」である可能性があり、その場合は庇護対象となるというのが国の考えだ。そして実際に成人した多くの人が魔女ではなく「魔女に魅了された人間」との判決を下された。――それでも一度魔女に魅入った者が無罪放免となることはなく、基本的には専門の学園に入れられて国の監視のもと生きていくことになる。魔女の学園は全寮制で、実家にも簡単には帰れないと聞く。


「死ぬよりはマシよね……」


 ニコレットにかけられた疑いは『人の心を読む』というもの。確かに昔から、その人の様子を見れば何を言いたいのかがだいたいわかった。ただそれは心の声が聞こえるとか、未来がわかるというわけではなく、単純に「こういうことが言いたいんだろうな」という予測ができるというだけだった。だから稀に外すこともあるし、それが魔法かと訊かれてもニコレットにはわからない。――どんな人だって、相手がこれからどうするのかある程度予測するだろう。ニコレットはその精度が著しく良いだけで。

 けれどそう釈明しても、一度疑いを持たれた者は必ず裁判にかけられる。どれだけ小さな子どもの頃の話でも、成人すれば被告人なのだ。


 ニコレットが疑いをかけられたのは四つの頃。まだ何が魔法と思われるかもわからない年齢で、素直に思ったことを口にしていたら魔女だと言われた。

 両親に必死で説得されてからは徐々に疑われるような言動を辞め、状況が理解できるようになってからは自分でも控えるようにしていたから、魔女と判決が下されることはないだろうが。


 ――それでも、気は重い。

 仮にニコレットが魔女だとしても、それがなんの罪になるというのだ。そう思っても、何を言っても、まもなくその日は訪れる。


「――魔女の行く学園に、ひまわりは咲くかしら」


 それなら少しは気が晴れるのに。




 ※※※





「ニコレット様。旦那様がお呼びでございます。書斎へお越しください」

「ええ、わかったわ」


 成人前の貴族が通うコレージュから帰ったニコレットは、言われた通り父の書斎に向かった。


 裁判が近付くにつれ、屋敷の雰囲気は暗くなっていく。魔女疑惑のニコレットの交友関係はほぼ皆無だが、家族や屋敷の使用人は聡く優しいニコレットを好ましく思っている。皆心からニコレットを愛してくれているのに、物知らぬ子どもの頃とはいえ軽率な行動で魔女の疑いをかけられてしまったことをニコレットはずっと悔いていた。――裁判までに少しでも家族孝行が出来れば良かったけれど、子どもの身分ではたいしたことは出来ない。

 だからせめて、従順でいようと決めた。尊敬する父の決定に従い、最後まで愛された娘でありかった。そして裁判の結果がどうあれ、これ以上この家に不幸が降らないように祈っている。


「ニコレットです」

「ああ、入りなさい」


 ノックをすると、父の声が聞こえた。

(声が明るい……?)

 最近は聞くことのなかった弾んだ声に、ニコレットは驚いた。何か良いことがあったのだろうか。

 そんなことを考えながらドアを開けると、応接ソファに客人がいるのが見える。長い黒髪を銀色の紐で縛り、少し下がり気味の目元にはひとつ黒子があった。王族に仕える人間のみが着ることを許された白い制服を着た男性で、まだ若く見える。


「失礼しました。お客様がいらっしゃったのですね」

「ああ、ニコレット。こちらはジョルジュさんだ」

「アンリ王子の従者をしております。ジョルジュ・ロベールと申します」


 王子の従者。そんな方が何故うちにと思いながらも、失礼のないように挨拶をする。


「初めまして、娘のニコレットと申します」

「事前連絡もなく急な訪問をお許しください」

「いえ、お気になさらず」


 極力にこやかに言いながらも、ニコレットの頭の中は疑問符だらけだ。

 ジョルジュは何をしに来たのだろう。様子から見て、悪い話ではないようだが。


「先程お父上には説明させていただいたのですが、改めて」


 ニコレットの疑問を感じ取ったかのようにジョルジュは口を開いた。

 ――ほら。この程度なら、人の気持ちを推し量ることなんて誰にでも出来るのに。

 そんな風に考えたニコレットの耳に、とんでもない台詞が届いた。


「アンリ王子が貴女との婚約をお望みです」

「え……?」


 にわかには信じがたい申し出に、ニコレットは困惑する。

 アンリ王子といえば、現国王の第二王子で是非次期国王にと求める声の多い王太子候補だ。文武両道を地で行く才能ある方で、口数が少ないことから寡黙王子と呼ばれているらしい。


 マルシャン家は侯爵の位を戴いてはいるが、王子の婚約者――中でも未来の国母候補に名が上がるほど高位ではないし、王家の人間の婚約を伝えるのに若い従者一人を事前連絡もなしに寄越すなど有り得るのだろうか。

 なにより、ニコレットには魔女の嫌疑がかかっている。そんな人物が王子と婚約するだなんて、許されるはずがない。


「貴女の困惑は当然です。しかしこれは本当のこと。殿下は今日やっと貴女に求婚することを王に認められ、一秒でも早くと私を遣いに出しました。本当ならば本人が来たかったのでしょうが、流石に殿下が前触れもなく訪れる訳にもいかず……。

 信じていただくためには、やはり本人とお話いただくことが一番かと存じます。一度王城へお越しいただけないでしょうか。できれば、ニコレット様お一人で」


 矢継ぎ早に、けれどあくまで上品にジョルジュは言う。彼が本当に王家から来たと証明するために出した紋章は、たしかに本物に見えた。


「私だけで、ですか?」

「はい。もちろん私や侍女が同席いたしますが」


 父も伴わずに王子に会うなど……本当に、何が目的なのだろう。――希望通り婚約をするとして、王子側の利点が見えない。特筆することがあるとすれば、ニコレットが魔女疑惑をかけられているということくらいだ。それを政治的に利用しようとしているのだろうか。

 ニコレットはチラと父を見た。父はこの話に乗り気なようで、にこりと微笑む。そんな風に笑う父を久しぶりに見た。

 裏がある。そう疑うのが自然な、あまりにも唐突な申し出だった。けれど。


「わかりました。お伺いします」


 父だってそれは承知のはず。その上で乗ろうとしているのだ。――ニコレットの立場が、少しでも向上するのならと。王子の婚約者になれば、ただ魔女として存在するよりも大切に扱われるのは明白だ。

 そんな風に願ってもらえるのは、とても幸せなことだから。


「良かった! では三日後、迎えを寄越します」

「はい、よろしくお願いします」


 言いながら、ニコレットは覚悟する。

 もとより、進む先はどの道も険しいのだ。ならば可能性に賭けてみようと思った。




お読みいただきありがとうございます!

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婚約編2は明日更新いたします。

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