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5 義國は己を知る

「東野 義國、36歳男性、新暦236年1月31日生まれ。東京都出身。大手生命保険会社の営業マンでした。今はご退職済みです。ご家族はご両親ともに10年前に死去。お姉様が一人、名前は東野奈美40歳。そのお嬢さん、義國さんにとっての姪。東野天音18歳。父親は不明、私生児のようですね。現在二人は住所不明。君の現住所は君の両親と同じ東京のマンションだけど、君が事故にあってから警察が自宅を訪問をしたようです。どうやら成人男性一人が暮らしていた様な状態とのことです。」


阿倍野の落ち着いた、しかし冷ややかな声がそう告げた。


俺の独居生活が確定した。俺には家族がいない。なるほど…記憶を失ってからまったく家族の話が出ないわけだ。俺の孤独な人生が確定した。


「たまに居るんです。富士の樹海に自ら絶とうとする方が。極稀に富士の神力で精神を削られ、あなたのように記憶喪失になり何年も樹海を彷徨い発見されるんです。そんな人達にはまずは己を知っていただくのが一番の薬でした。さて義國さん、お手洗いの際ご自身のお顔はご覧になられましたか?」


急に阿倍野が早口になる。


「え?トイレはしたけど、そういや鏡はあんまり気にしなかったな…」


「義國さん、あなた丸一年お風呂に入ってないんですよ。お体の方は絶好調らしいので、是非一度ご自身を知っていただくため、お風呂入ってきてください。入浴は魂の洗濯とも言うのですよ。」


というわけで俺は一年ぶりの風呂の許可が降りた。そこで俺は改めて自分自身をくまなく()()事ができたのだ。伸びっぱなしのひげを剃り、長くなった髪を洗ってとりあえず縛る、そして体中のありとあらゆる垢を落とす気持ちでこすった。


大浴場の全身鏡で自分自身をしっかりと見直す。


「これが俺…?」


風呂から出て阿倍野の部屋へと向かう。


「阿倍野先生!俺めっちゃおっさんじゃないですか!?30超えてんじゃないですか!?しかも思ったより体鍛えてるし、俺何なんですか!?もっと若いと思ってたんですけど!!」


「義國さん、落ち着いてください。私さっきはっきりとお伝えしましたよね。あなたは36歳、立派な中年男性です。最近は筋トレがブームでしたからね、恐らく一人暮らしの義國さんは筋トレが趣味だったのでしょう。保険の営業マンは外回りも大変と聞きますし、お仕事のプレッシャーももしかしたらあったのかもしれませんね。」


相変わらずニコニコとイケメン風を吹かせながら飄々としている。


「ね、いったでしょう。入浴は魂の洗濯、精神を病むものには己を知るのが一番の薬。さっきまで孤独だとウジウジしていたじゃないですか。それがお風呂一つで急に自分に意識が向いて来ませんか?義國さん、あなたは元々所謂お一人様だったのですよ。そう考えると楽になりませんか?お一人様で悠々自適に筋トレの日々、素敵じゃないですか…!」


こいつまた人の心を読んでいる…!?

しかし阿倍野が言うことは最もだった。記憶はないのに、記憶喪失から目覚めたら家族が寄り添ってくれるものだと思い込んでいた。自分はまだ若くてまだまだこれからだと思い込んでいた。自分は記憶をなくした事で、自分のあるべき形を見失っていた。


「阿倍野先生、これはあんたに頼むことじゃないかもしないが、地盤を固めたい。一人で生きていくにはどうすればいい?」


「肝が座りましたね、一歩前進です。まずは3日後に退院しましょう。それまでに併設されてる市立図書館に行ってみてください。この日本共和国の現状を調べてみるのが良いでしょう。もちろんわからないことがあれば由美子君にも沢山質問してみなさい。」


いけ好かないとは思ったが、阿倍野は的確な指示をくれる。信じられる人は一人でも多いほうが良い。努めていた保険会社もどうやらクビになっているらしい…クビ…?

ドスンと内蔵が一気に冷えた。己を見つめることで、見たくない現実に直面してしまった。


「あー、なるほど。お金の話ですね。」


「〜っ!…だから、…人の心を、…勝手に読むなって。だが一番の問題はそこだ。一年も入院してたんだろ。俺、生命保険会社務めてたからちゃんと保険とかはいってんだろうけど…ていうか高度な治療受けてたって由美子さん言ってたし、3日後に退院って物理的に可能なのかよ…」


どんなに記憶を失っても、お金の概念は世の中から消えることは無い。東京の自宅を売りに出すことでどうにかならないかと必死にそろばんをはじいていた。


「これは由美子君にも言わないでもらえるかい?」


急に阿倍野の声色が変わった。何も言えず静かに頷き返す。


「本当は法律の専門家に依頼する予定でしたが…義國さんあなたには国から補助金が出ています。治療費も既に病院側が国から直接受け取る手続きに入っております。お金の心配はありません。こちらが通帳です。」


渡された通帳を開くと自分の名義の口座に見たこともない量のゼロが並んでいた。


「なんでこんなに…」


「ここからが他言無用です。この手記を書いたのはあなたが最初に救急搬入された山中湖病院の医院長、東野権蔵です。先月急逝されましたが、この国トップクラスの医者でした。彼は真東であり、兄妹神の元主治医でもありました…」


差し出された手記はその場で読まされ、そして燃やされた。




その日は夕食も取らず一人考え込んでいた。


それは義國を最初に治療した東野権蔵の残したカルテの間から見つかったメモの様な物だった。


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昨日、日本共和国には国を真っ二つに割く壁が出来た。

突如として現れた壁は富士の樹海、神域にて発生したものだった。同時に富士の樹海でも落石や土砂崩れが起きた。政府は直ぐに軍を派遣し被災地の確認を行った。事前に提出された登山計画書によると2組のグループが樹海にいたらしい。心配だ。


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どうやら主婦の登山サークルは土砂崩れに巻き込まれたらしいが死亡者はなく御殿場病院へ運ばれたとのこと。あそこは施設も新しいので問題ないだろう。

もう一つの大学生トレッキングサークルは落石に巻き込まれ全員死亡。即死であることを願うばかりだ。


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登山グループはすべて安否確認が済んだはずだが、軍はまだ捜索を続けている。一般人が他にもいるのだろうか。


夜に一人、成人男性が救急搬送されてきた。落石に巻き込まれて重体だった。御殿場病院よりうちの病院で処置する方が私の叡智も活かせる。若造には負けん。


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叡智のおかげで直ぐに傷は癒えた。しかしガイア様やサーバ様以外にこの能力を使うことは久しぶりだ。しかし目を覚ますまでにどれほどかかるか。本人の気力次第だ。


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明け方に何故か枢密院の使者がやってきた。懐かしい面々だった。しかし変なことを言う。昨日の男性から神力を感じないかと言われた。あの男性は人間ではないのか。


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少し時間はかかったが、微かに神力を感じる。叡智ではない、神力を感じる。あの男性の正体は何なのだ。


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枢密院には男性の神力について、ありのままを報告した。

逆にガイア様とサーバ様は一体どうしているか聞かずに居られなかった。サーバ様の無事は確認できてると言われ安堵したワシが馬鹿だった。


ガイア様は行方不明とのことだ。


あの男性は誰だ。ワシの知るガイア様のお顔とは違う、あの神力をもつ男は誰だ。


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義國はその日眠れなかった。

手記の内容に思うところがあったのも事実。

しかし、それ以上に義國を悩ませたのは、その()()()()()()()()()手記をスラスラと読める自分であった。



拙い文章ですがお読みいただきましてありがとうございます。頑張って連載していきたいと思いますので宜しくお願いします。

この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

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