5,女神アシュアの涙が暴く本性
軽やかな音楽が流れる中、パーティーは始まった。…だけど、他国の人々がどっと挨拶しに来るので、レイヴァ様の隣から身動きが取れない。お菓子を食べに行きたいのに…!
「お義姉様ぁ!」
暫く挨拶されまくっていると、聞きたくない声が聞こえてきた。リリアーヌ、だ。
「まったくもう!浮気はダメですよぉ!昔みたいに男を侍らせてぇ!」
侍らせてもないし、浮気してもない。どうやら隣の男がレイヴァ様ではないと思っているようだ。
「あ、はじめましてぇ。私はリリアーヌ・シャティですぅ。リンフィ―王国の聖女なんですよぉ」
と隣のレイヴァ様に擦り寄って挨拶。スキンシップが少々激しくて、レイヴァ様がこちらを見て、助けを求める子犬みたいになっている。放っておくのは胸が痛んだので、携帯しているノートとペンを出して―――。
『スキンシップが激しすぎますよ、不敬になってしまいます』と書いて、リリアーヌに見せた。
「うっ、うぅっ…。お、お義姉様、また、私を、虐めてぇ…、ダメ、なんですよぉ…、反省、して、ないん、ですかぁ…?」
これぐらいで虐めに入るの⁉指摘しただけなんだけど…。しかもそれだけで泣ける涙腺はスゴイ。
ウソ泣きだって知ってるけど。ウソ泣きをしながらレイヴァ様の腕をぎゅっと抱きしめるリリアーヌ。…なぜか、胸がザワりとした。
「束縛されているんですね…。可哀想に…。私が今、助けてあげますから!」
泣いたり笑顔になったり忙しい表情筋に私は同情を覚えた。慈愛に満ちた笑みをリリアーヌは浮かべている。
きっと、この笑みに皆は惚れたのだろう。そしてきっと、レイヴァ様も皆みたいに惚れて、私を睨んで…。そう考えると、また胸がザワりした。…なんでだろう?
「リ、リリィ!」
少しばかりやつれた王太子殿下が、ぜえはあと息をしながらリリアーヌの腕を引っ張った。やっとのことで追いついたのだろう。
しかし、リリアーヌは王太子殿下を気にせずに、「ところで、あなたのお名前は?」とレイヴァ様に聞いた。
「レイヴァ・デ・アーシュラン、この国の王だ。どけ」
どすのきいた声に、こちらに向けてないと分かっていても怖くなった。レイヴァ様の冷たい眼差しがリリアーヌを貫く。
「えぇ、醜いんじゃなかったのぉ⁉―――じゃない」
猫の皮が外れてましたよ、リリアーヌ…。
「…本当は私が貴方様の妻になるはずだったんです!だけど、姉が嫉妬して…私が本当の妻です!あぁ、愛しの王子様。私をアーシュラン王国に攫って行って!私は貴方を愛しています!」
姫のようなセリフをリリィが言う。
本当なら胸ときめくシュチュエーションになるのだろうけど、レイヴァ様の眼差しは冷たくなるばかり。だけどレイヴァ様が黙っていることを何と解釈したのか、冷たい眼差しには気づかずに、リリアーヌは喋り続ける。
「大丈夫、聖女の私が呪いを解いてあげる。だから、安心してね。…レイ様」
はにかみながらレイヴァ様の愛称を呼ぶリリアーヌ。まるでこうすれば誰もが私を好きになると分かっているようだ。だけど…初対面なのに愛称呼びはスゴイ不敬…!
そして、案の定、レイヴァ様は冷たく一言。
「黙れ」
…魔王か⁉一瞬悪魔の羽がレイヴァ様の背中に見えたような気がした…。
――そして気づくとリリアーヌは衛兵に捕われていた。王太子殿下はそれを青ざめて見ているばかり。
「何よ、離してよ!―――じゃない、どうしたのですか?レイ様!あぁ、やはり呪いに…ぐぇ」
二度目の愛称呼びをしたリリアーヌは、衛兵に前髪を引っ張られて、乙女叱らぬ奇声を上げた。
「やだぁ!やめてよぉ!ラース、さっさと助けろ―――じゃない、ラース、助けてぇ!」
だけど、もう既に本性が見えつつあるリリアーヌをラウゼル王太子殿下は青ざめた顔のまま見ているだけ。
「あ、そうだ!私は聖女なんですぅ!聖女がいる国は栄えるんですよぉ!アーシュラン王国を栄えさせたいなら、私を妻にしてください!私は国のため、よろこんで受け入れますよぉ!」
「………い」
「嬉しいんですねぇ、えへへ…照れちゃいますぅ」
「馬鹿らしいと言ったんだ。獣のようでな」
「へ?」
「はっ、こんな女と獣を一緒にしてはダメか。獣が可愛そうだ」
「け、獣って…。あ、あぁ!獣みたいにフワフワで可愛いってことですね!えへへ、恥ずかしいですぅ」
「あぁ、本当に恥ずかしいよ。お前みたいな愚図がこの国の地に足を踏み入れていてな」
「結婚式はやっぱり教会ですかね。あとぉ宝石がついたドレスにぃ…って、は?」
「お前みたいな女には吐き気がする」
「そ、それならぁ、浮気癖のある、虐めてくる酷いお義姉様はもっと嫌いなんですね!それなら、私の方が妻としてマシじゃないですかぁ?」
「お前の義姉はお前とは大違いだ。欲深くもない。馬鹿でもない。虐め?そんなことするわけないだろう」
「で、でも私には実際にしてて…!きっとお義姉様、偽っているんですよ!中身を知ったらきっと嫌いになっちゃうはずですぅ!」
「ほう、では中身を見てみるか?」
「でも、そんなことは出来ないだろうしぃ。あ、私と暮らして、私とお義姉様のどっちが良いか選んでください!」
「お前みたいなのと暮らすなんて、死んだほうがましだ」
今まで影みたいにすんっと傍観していたが、えっ!死ぬの⁉と驚き、慌てて紙に『死なないでください!』と書いて、レイヴァ様の顔面に突き付けた。
なぜか、死なれるのが凄く嫌だった。
「死なない死なない、今のは例えだ。ティア、私が死ぬのが嫌か?」
死なないのね。例えかぁ。何か恥ずかしい…。
レイヴァ様が死ぬの、嫌なのかなぁ。うーんうーんと考えて出した答えは『はい』。
「なぜだ?」
『知りません』
これは素早く答えられる。
「そうか」
冷たさから一転、いつもの暖かい表情になった。いつも通りになってほっとする。
「ちょっと、なんで仲良くなってるのよぉ!―――じゃない、お義姉様、偽らないで!本当のお義姉様を好きになってくれる方と結婚した方が、きっと良いわ!どうか中身を曝け出して!偽って暮らして…そんなの、お義姉様が辛くなるだけよ!」
「ほう、中身を曝け出させればよいのだなぁ?」
「はい、きっとその方がいいと思うんですぅ!」
「お前が了承したからな」
謎の言葉を残して、透き通ったグラスに入れられた、透明に輝く飲み物が運ばれてくる。
「ティア、これを飲んでくれ」
頭にハテナマークを浮かべながらも、スッキリとする甘い匂いを漂わせているそれが美味しそうだったし、ちょうど喉が渇いていたのでコクリと飲んだ。
フンワリと口の中に甘さが広がる。だけどべたつく甘さではなく、すうっと消えていく、スッキリとした甘さだ。全部飲み終わったとき、もうちょっと欲しかったなぁ、と思うほど美味しかった。
リリアーヌも無理やり飲まされたようだ。口元が湿っている。
フンワリと体が暖かくなって、光の雪に包まれているような感覚になる。
対するリリィは、黒に濁った、むせ返るような空気を放っていた。漆黒よりも濃い黒。リリィのそばにいた衛兵は、顔を歪めた。それに…リリアーヌのユリシスブルーだった瞳が、以前の黄緑に戻っている。
リリアーヌは「な、によぉ!こ、れ!」と声にならない悲鳴を叫んでいる。
「これは人の本質が分かる『女神アシュアの涙』だ。白く清いティアだから白く清い光を放った」
対するお前は…とレイヴァ様が続けた。
「お前は黒く濁っているということだ。それと、黄緑の瞳に戻ったお前は偽の聖女だったということも分かったな」
「う、だれ、か、助けてぇ―――っ!…そう、よ、あんた、さえ、いなけれ、ばァ…!」
リリアーヌは忌々しい、いや、殺したい、と心から願うように私を睨んだ。漆黒のオーラが強くなった。…衛兵も耐えられなくなってしまったのだろう。衛兵がリリアーヌから離れていく。
…そして、自由の身になったリリアーヌが私の方へ突進してきた。
「あんた、邪魔なのよォ――――っ!」
バッと爪を立てて私の顔に傷をつけようとする。過去の記憶と今が重なって、ぎゅっと目をつぶる。だけど、痛みが走ることはなかった。その代わり、明るくなったような…。
恐る恐る目を開けると、視界が広くなっている。仮面が取れた、そう理解するのに数秒かかった。急いで腕で目を隠すけれど、時すでに遅し。私のセシリアブルーの瞳は既にたくさんの人に目撃された。
「ティア!」
レイヴァ様が抱きしめてくれる。いい香りに、がっしりとした体が私を包んでくれて、安心する。
「き、みは、聖女だったのか?」
ラウゼル王太子殿下が茫然と言った感じで言ってくる。
その頃には既に、『女神アシュアの涙』の効果は切れていて、リリアーヌの禍々しい空気も消えており、リリィは衛兵に再度取り押さえられていた。
「シャアレティ!だっけ?まぁとにかく、あなた!私の愛しの子よ!」
この声は…お義母様だ。聖女リリアーヌの母、として来ていたらしい。――それにしても愛しの子って…。この人に愛された記憶がない。しかも名前間違えてるし…。まあ、影薄だったものね。
「やっぱりあなたが聖女だったのね!私信じていたわ!大事に育ててきた甲斐があったわ!さぁお義母様よ!会いたかったでしょう?」
レイヴァ様の腕から顔だけ出して、もはや隠すことはなし、と閉じていた瞼も開き、全力で首を振る。全然会いたくありませんでした!
「照れてるのね、愛らしいわぁ!」
そうやって猫撫で声で喋るお義母様が、すごく…気持ち悪い。
「さ、前みたいにぎゅーって抱きしめてあげるわぁ!」
近づいてきてギュッと抱きしめられそうになる。嫌だ…とレイヴァ様の背にさっと隠れる。
「…っ、ティ、ティア。こいつが嫌いか?」
全力で首を縦に振る。
『この人は虐めてきました!大嫌いです!』
大嫌いを強調して紙に書いて見せる。
「い、虐めるってぇ…。そんなことするわけないじゃない!」
「お母様、虐めてたじゃない!」
「な、なに言うのよリリアーヌ!貴方って子は――!黙ってなさい!」
「はぁ!愛人何人も連れ込んでるのはあんたじゃない!あんたが黙ってよ!」
「なんなの!母親に向かって!このっ!」
「いたっ、何すんのよ!このブスっ!」
「何よ!聖女の母の立場利用して贅沢に暮らそうと思ったのにぃ!あんたのせいで台無しじゃないのォ!この役立たずっ!」
義妹と義母の醜い争いを見ながら、オロオロするしかない。義母も衛兵に取り押さえられて、リリアーヌとギャンスカ騒いでいた。
「お、お主…!ティシャレティア?殿!やっぱりそなたがリンフィー王国の聖女だったか!我と共にリンフィー王国に…!王太子であるラウゼルの婚約者にしてやろう!さ、馬車の用意はできているぞぃ。ラウゼルとは初対面だろうが、きっと仲良くなれるさ!」
まるで、リンフィー王国に来ると信じている口調で、リンフィー王国の王様が言ってきた。行くわけないのに!
『私、ラウゼル王太子殿下の元婚約者でしたよ?』
「あぁ! 道理で見たことが…!」
やっぱり忘れられていたか。
「元婚約者なら、きっと仲睦まじい夫婦になれるであろう!さ、リンフィー王国へ行こう!」
…あの王太子殿下と手を繋いだり、キスをしたりするなんて、考えただけで身震いがする。絶対ヤダ!
「リンフィー王国国王陛下、ティアは既にティアレシア・デ・アーシュランとなっていますので」
「我が国との繋がりを強化したいなら、他のご令嬢を用意しよう!さ、リンフィー王国に行こうか、ティシ…レック?嬢や」
『絶対に嫌です!』
近づいてきた王様の前に紙を見せる。…そして、レイヴァ様の背に隠れた。ここは何があっても大丈夫だと思えるから。
「―――うむ…分かった。そなたの意思は固いのだな…。分かった、やめにしよう」
やけに聞き分けが良いな、と嫌な予感が私の体を駆け巡る。
その後、パーティーは何事もなかったかのように続けられた。
けれど、くしくも私の嫌な予感は当たってしまって。