七、張飛の義憤
さて、関羽と張飛を連れて潁川を訪った劉備、悲鳴と喊声とを耳にし、更に激しい火の手が上がっている事を望見したため、急ぎ兵を率いて戦場へ駆け付けたが、賊はすでに蹴散らされた後であった。
劉備は皇甫嵩と朱儁に見えると、盧植の意向を告げた。
「張梁と張宝は勢いが窮すれば、間違いなく広宗の張角のもとへ向かうだろう。玄徳よ、すぐにでも助太刀に向かってくれぬか」
皇甫嵩の命に劉備は頷き、かくて兵を率いて広宗へと引き返した。道半ばまで至ったという所で、一群の馬と一輌の護送車の姿を認めたが、檻に囚われていたのは、なんと盧植先生である。
仰天した劉備は、護送の兵に掴みかからんばかりの勢いで下馬し、そのわけを訊ねた。盧植は答えて、
「私は張角を追い詰め、あと少しで撃破できそうな所であったのだが、張角の用いた妖術により、即座にけりを着けることが出来なかった。朝廷は戦況の確認のために黄門の左豊を差し向けてきたが、彼は私に賄賂を要求してきた。私は『軍糧はなお缺乏しておりますのに、どうして逆に使者どのになけなしの金銭を納めねばならぬのです』と言って突っぱねたが、これで左豊の恨みを買ってしまったらしい。彼は朝廷に戻ると、私が砦を高くして戦わず、軍の士気を低下させていると上奏した。激怒したお上は、中郎将の董卓を私に代わって派遣し、私を洛陽にて尋問するおつもりのようだ」
これを聞いて激怒した張飛は、護送の者を斬って盧植を救出しようとしたが、劉備がやにわにこれを制して、
「朝廷は公的権力なのだぞ。お前にどうこう出来る問題か!」
歯ぎしりする張飛を尻目に、軍吏は盧植を連れ去って行った。
関羽が言う。
「盧中郎が逮捕されてしまったとなると、別働隊を差し向けるという我々の拠り所も無くなった事になりますな。ここは一旦、涿郡に戻るに越した事はありませぬかと」
劉備は関羽の言葉に従い、かくて軍を引き連れて北へ向かった。道に沿って二日経たぬうち、出し抜けに山地の後方より喊声と振動とが聞こえてきたので、劉備は関羽と張飛を連れて馬を飛ばし、高き岡の上からこれを眺めやった。
敗走する漢軍、後方には山野を埋め尽くさん程の黄巾軍、その旗には大きく「天公将軍」と書いてあるのが見えた。
「あれは……張角だ! 早速戦おうぞ!!」
劉備の言葉に関羽と張飛も奮い立ち、三人は飛ぶがごとき勢いで軍を率いて出撃した。張角は今にも董卓を殺さんとし、勢いに乗じて追撃を掛けていた所であったが、突如として現れた劉備三兄弟から打撃を受け、その軍勢は壊乱、五十里余り敗走していった。
劉備らが救出した董卓の幕営を訪ねると、董卓は、
「その方らは、現在どのような役職にあるのか」
と訊ねてきた。
劉備が「無官の身です」と答えるや、董卓は露骨に態度を変え、無礼な振る舞いをした。劉備がけんもほろろに退けられると、張飛は激怒して、
「俺達が必死に戦って危ない所を助けてやったのに、なんだぁ!? あの無礼な態度は! 俺の兄貴をこけにしやがって、野郎はぶち殺さなきゃ気が済まん!!」
言い終えるや刀を提げ、帳に入りて董卓を殺さんとする。
ああ、人の情が権勢に左右されることは昔も今もなお同じ、英雄がかのように無官である事を、一体全体誰が知り得よう? 翼徳ほどの好漢が、権力を笠に着る不義理な輩を、どうして捨て置けようか?
果たして、董卓の運命やいかに。
それでは、また次回。
─第一回、おわり─




