三、呂布と貂蟬
その翌日、王允は家の蔵から明珠数粒を引っ張り出し、名工に命じてそれらを嵌め込んだ金の冠を一頂造らせると、密かに人を遣わして呂布へ送った。呂布は大変に喜び、感謝の意を表さんと自ら王允の邸宅へとやって来た。
王允は善き殽・美饌を備えると、門を出て呂布を迎接した。かくて後堂へと招き入れ、上座への着席を勧めると、呂布が言った。
「私は相国府の一武将に過ぎませぬが、司徒どのは朝廷の大臣にあらせられる。何故こうまでお持て成しくださるのです」
「まさに今、天下に英雄と呼ぶに相応しい人物は将軍のみにございます。やつがれは将軍の官職を敬っているのではございません、将軍の才覚を敬っているのです」
欣喜する呂布。王允が慇懃に酒を勧め、董卓と呂布の徳は不絶である──とのべんちゃらを述べると、呂布はすっかり上機嫌となり、哄笑をあげて暢飲していた。
王允は左右の者を退がらせ、侍妾の数名のみを留めてさらに酒を注がせた。やがて酒が半酣に至る頃、
「実にめでたい席じゃ。娘を呼んできなさい」
と侍女に告げた。
わずかの間のあと、青衣の二者に誘われて貂蝉が艶やかな出で立ちで現れた。その美貌に呂布は瞬時に目を奪われ、興奮した様子で王允に問う。
「司徒どの、こちらの麗しきお方はどなたです⁉︎」
「愛娘の貂蝉にございます。やつがれは将軍のご好意のほどを誠に忝く存じておりまして、互いに親睦を深め合わんと娘もこうしてご挨拶に参上させた次第です」
そう述べるや、王允は貂蝉に命じて呂布の盞を把らせた。お酌をするその姿はまさに仙姿玉質、呂布は目尻を下げ、目線を外してはまた向けての繰り返し。
「貂蝉や、将軍にもっと酒をお注ぎせんか。将軍は我々一家の希望の星でもあるのじゃ」
王允が酔ったふりをして告げると、呂布は貂蝉に着座を勧めた。貂蝉が精一杯の笑顔を取り繕って呂布の傍へ寄ると、
「将軍は我が至友じゃ。貂蝉よ、わしと将軍の間を隔ててはならぬぞ」
王允はそう言って貂蝉を自らの側に座らせた。呂布は残念そうに肩を落としたが、その視線は依然として貂蝉に釘付けになっていた。
酒がさらに数巡した頃、王允が貂蝉を指して呂布に言うよう、
「やつがれはこの子をぜひ将軍のお側に置いていただきたいと考えておるのですが、いかがでございましょうか」
願っても無い提案に、呂布は思わず席から飛び上がり、王允に謝意を告げていた。
「司徒どの……本当に、本当にこの貂蝉を私にいただけるのですか! ぜひこちらからもお願いしたい。お許しいただけるならば、この呂布、犬馬の労をも厭いませぬ!」
「おお。ならば早晩に吉日を選び、娘を府中へとお送りいたしましょう」
呂布は例えようもないほどに喜び、頻りに貂蝉を目視する。貂蝉もまた秋波を送り、ややあって酒宴は御開きとなった。
「本来であれば将軍には我が家で一晩お寛ぎいただきたいのですが、董太師に疑われる恐れがありますゆえ」
呂布は再三に渡って王允に拝謝し、去っていった。別れ際、王允の笑顔の裏に隠された意図を、まだ彼は知る由もない。




