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淡々三国演義  作者: ンバ
第七回 袁紹磐河に公孫と戦い、孫堅江を跨ぎて劉表を撃つ
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六、猛虎峴山に消ゆ

 さて孫堅は兵を四面に分けて劉表の本拠地の襄陽を攻囲していたが、ある日、狂風が俄かに巻き起こり、軍中の「帥」の字の旗がへし折れるという凶事が起こった。


 この事に胸騒ぎを覚えた韓当かんとうが孫堅に進言する。


「我が君、これは凶兆ではございますまいか……? ここは一度、兵を撤退させた方がよろしいかと」


「怖じけたか義公ぎこう! 我が軍は連戦連勝、襄陽じょうようを陥落させるのも時間の問題ではないか! どうして風が吹いて旗が折れたからといって、忽然と兵を退かせねばならぬのだ!」


 かくて韓当の言を退けると、孫堅は更に攻囲の手を強めた。


 一方の襄陽じょうよう、意気消沈する劉表に対して蒯良かいりょうが述べるよう、


「私が昨夜天象を観察いたしましたところ、将星が一つ堕ちましてございます。分野を以てこれを度ってみましたが、あの星は孫堅に相当するものです。我が君、ここは一刻も早くに袁紹へ書状を届け、救援を要請するべきかと」


 劉表は藁をも掴む思いで袁紹に書を認めるとともに、囲みを突破出来る壮士を喚呼する。その声に応じて志願してきたのは、健将の呂公(りょこう)であった。


 蒯良は彼に歩み寄りて、


「呂公よ、よくぞ申した! そなたが行こうというのであれば、私がこれより策を授けるので、心して聞かれよ。まず、そなたに五百の兵馬を預ける。その多くは帯を狙い射てる程の強者だ。彼らの力を以て囲みを突破したら、すぐに峴山けんざんへと向かえ。まず間違いなく敵は追ってくるであろうから、そなたは百人を分けて山へと上らせ、落石の準備を整えよ。もう百人には弓弩を持たせ、林の中に埋伏させよ。追手の兵が到着しても、逃げてはならぬぞ。兵を伏せた処まで引きつけたら、矢と石を一斉に発射させよ。これが成功し、敵軍を撃退できた時には号砲を鳴らせ。さすればこちらは城中からすぐに応じて兵を出す。追手が来なければ、号砲を鳴らす必要はないゆえ、そのまま冀州までひた駆けよ。今夜の月は甚だ暗い、黄昏の頃に城を出るが良かろう。頼んだぞ、我が軍の進退はそなたに懸かっている」


 孫堅はこの時帷幕の中に在ったが、忽ちに喊声を耳にしたため、三十騎余りを引き連れて物見に出た。


 かくて兵士の一人が報告して言うよう、


「一団の兵馬が突如として現れ、峴山けんざんの方へ走り去っていくのが見えました」


 そこで孫堅は諸将と合流せずに、そのまま三十騎だけを連れて呂公りょこうの追撃に出た。


 一方の呂公は、蒯良の策の通りに山林の叢の中に百人ずつを放ち、落石と弓弩、双方の伏兵の配備を完了させていた。孫堅の馬は疾く、お供の者を置き去りにして、いつしか単騎で呂公を追う格好となっている。


「逃がすかぁっ!」


 孫堅が大声で叫ぶと、呂公は馬首を返して相手取ったが、一合を交えたのみで再度逃げ出してしまう。閃光のように山路へと消えた呂公の後方に随おうとした孫堅であったが、気付けば敵の姿は見られず。ここでようやくに供の三十騎も主に追いついた。


 気が付けば幽暗の中、完全に孤立してしまった孫堅であったが、退くことを知らない彼は、それでもなお山を上ろうとした──が、そこで突如として銅鑼の音が響き渡り、山上からは巨石が、林中からは嵐のような矢が一斉に放たれた。


 怱卒の事態に身構える暇も無かった。孫堅はその身に矢石をまともに浴びてしまい、脳漿を飛び散らせて物故した。従っていた騎兵も、峴山の内にてみな死骸となり果てる。


 江東の虎と謳われた孫文台は、ここに三十七歳の短い生涯を閉じたのであった。


 追手の兵の悉くを討ち果たした呂公は、作戦が上手くいったものと見て、手筈通りに号砲を続け様に鳴らした。城中の黄祖、蒯越、そして蔡瑁がこれに応じてそれぞれ出撃し、江東の諸軍は大混乱に陥った。


 天を震わせるような喊声を耳にした黄蓋が水軍を率いて駆けつけると、そこでばったり黄祖と出くわした。忽ちに戦闘となったが、二合と打ち合ぬうちに黄祖は生け捕りにされた。


 孫策を護衛していた程普は取り急ぎ退路を尋ねたが、こちらは呂公と正面から遭遇。程普は即刻馬を飛ばして呂公へ襲い掛かり、数合以内に鉄脊蛇矛の刺突でこれを討ち取っていた。


 そこからは両軍入り乱れての大混戦となったが、空が白み始める頃にはそれぞれが兵を撤収させていた。劉表軍が襄陽へと引き上げる一方で、孫策と程普以下江東の諸将は漢水へと回帰したが、待てど暮らせど孫堅が戻ってこない。


 やがて、「孫堅が矢石を浴びて討ち死にし、その屍首は劉表軍の兵が襄陽へ運び去った」との注進が齎された。


 孫策は報告の兵に「出鱈目を抜かすな」と詰め寄ったが、やがて崩折れ、声をあげて泣いた。程普ら諸将も、兵士たちも倶に号泣していた。


「ちくしょう、ちくしょう。父上の亡骸があちらにあるというのに、このままおめおめと逃げ帰れるかよ!」


 血が出るほどに唇を噛み締める孫策に、黄蓋が言う。


「こちらには生け捕りにした黄祖がおりますゆえ、誰か一人を入城させましょう。黄祖の身柄と、お父上の亡骸との交換を条件にして、和を請うのです」


 言い終わらぬうち、軍吏の桓楷かんかいが罷り出て、


「私は劉表と旧交があります! どうか使者に立たせてくださいませ」


 孫策はこれを許可し、桓階は入城して劉表と見えるとつぶさに事の次第を告げた。劉表の答えは、


文台ぶんだいの遺体ならば、已に丁重に棺に納めてある。そちらが黄祖こうそを解放し、兵を撤退させた上で互いに不可侵の約を結ぶという条件を呑んでいただけるならば、すぐにでもお返しいたそう」


 桓階は拝謝して退出しようとしたが、そこで階下から蒯良かいりょうが進み出た。


「ならぬ、ならぬ! 我が君、私に一計がございます。江東の諸軍は一兵たりとも帰してはなりませぬ。まず先に桓階を斬り、然るのちに計を用いましょうぞ!」


 まさにこの時、孫堅は敵を追いて命を損ない、桓階もまた和を求めて殃禍おうかに見舞われんとしている。


 果たして桓階の生命やいかに。


 それでは、また次回。


 ─第七回、おわり─

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