十一、呂布の離叛
李粛は呵々《かか》大笑して、
「『良禽は木を選んで棲み、賢臣は主を選んで事える』と申すではないか。機会を早くに失すれば、後になって後悔する事になるぞ」
呂布はそこで李粛に問うた。
「兄上の目から見て、当代の英雄と呼べる人物はどなたであろうか」
「それがしはあまねく群臣を見てきたが……董卓さまに及ぶ人物はおらぬな。董卓さまは賢人を敬い、士を礼を以て遇する。賞罰を明確に行う事の出来るお方で、ついには大業を成す事が出来るだろう」
董卓の名を聞いた呂布は温明園での一件を思い返し、
「董卓どのか……。たとえ俺があの方に従おうとしても、先日の件で恨みを買っておろう……」
そこで李粛は、持参した金や珠玉、玉帯を並べて呂布の前に示した。
「これは……、何のためにこのようなものを!?」
李粛は左右を怒鳴りつけて人払いをさせ、呂布に事の次第を告げた。
「ここにある品々は、董公が足下の英名を慕い、それがしに命じて特別に献じようとなされたものだ。実は、先ほどの赤兎馬も董公からの贈り物なのだよ」
「なんと!! 董卓どのがそれほどまでにこの俺を……。俺は、何を以て報いればいいというのだ……」
「それがしの如き不才の身ですら、なお虎賁中郎将に任じられているのだ。もしそなたが董公のもとに馳せ参じたとして、どこまで貴い身分となるのか想像もつかぬ」
「しかし、なんの手土産もなしに参上するわけには……」
李粛の瞳が凶暴に輝く。
「手土産なら、すぐ手の届く位置に転がっているではないか。そなたが肯じれば……の話だが」
呂布は黙考した。ややあって、
「わかった。丁原を殺し、兵士たちを引き連れて董卓軍に帰順しよう。如何であろうか」
李粛は、思惑通りに事が運んだ事に内心でほくそ笑む。
「うむ! 賢弟がかくの如くに致せば、それこそ真の大功である! ただ、事は出来る限り迅速に行うべきだ。決断は早い方がよい!」
かくて呂布は、翌日に董卓軍に投降する事を約束して李粛と別れた。
夜も更け、二更の時刻となった頃、呂布が刀を提げて丁原の帳の中へと入って来た。丁原はこの時書を読んでいる最中で、呂布の姿を認めるとこう言った。
「おお、我が子よ。何の用があって参ったのだ?」
呂布は意を決するように言い放った。
「俺は堂々たる丈夫、どうしていつまでも貴様の子なぞに甘んじていよう!」
その刹那白刃が煌めき、丁原の首筋へと吸い込まれていった。
「な……触れたか奉先!? どうして心変わりを──」
かくて呂布は一刀のもとに丁原の首を刎ね、帳を出ると大声で呼ばわった。
「者共! 不仁なる丁原はこの呂布が討ち取った! 俺に従おうという者はこのまま着いてこい、従えぬという者は、すぐにここから去るがいい!!」
突然の出来事に兵士たちは恐慌し、その大半が逃げ出してしまった。




