十、呂布と赤兎馬
李粛が贈呈品一式を携えて呂布の幕営へやって来ると、伏せていた衛士たちに取り囲まれた。李粛はなお整然と、
「速やかに呂将軍にお伝えくだされ。旧知の客がやって来たと」
と述べ、かくて報告を受けた呂布が会見に現れた。
「おお、賢弟よ、息災で何よりだ」
「李粛どのか。久しく会っておらなんだが、今は何をしておられるのかな?」
「虎賁中郎将の官に任じられたよ。聞けばそなたも社稷の為に働いておるとかで、喜ばずにはいられなかった。それで久闊を叙そうかと考えていた折、一頭の名馬を手に入れてな。この馬は『赤兎』といい、一日に千里を駆け、水場を渡り山を登る時でさえも平地を行くが如し。特別にこの駿馬を賢弟に譲り、より一層国家の為にその武勇を振るって貰いたいと考えておるのだ」
呂布が衛士に命じて赤兎を牽引させたところ、果たせるかなその馬体は上下ともに屈強そのもの、炭をくべた火の如くに赤き体毛には一切の乱れが無く、頭から尾に至るまでは一丈(約241センチ)、蹄から頭までの高さは八尺(約193センチ)、嘶きは天にも登り海をも越えんばかりであり、呂布はその姿に思わず息を呑んだ。
後世の人が赤兎馬の威容を讃えた歌にこうある。
奔騰して千里、塵埃を蕩い
水を渡り山を登りて紫霧を開かん。
掣きて絲韁を断め玉轡を揺らがせ、
火龍飛下して九天より来らん。
呂布は大いに喜び、李粛に感謝の意を述べた。
「兄上、本当にこんな名馬をいただけるのか。何を以てお返しをすればよいか……」
「いや、その気持ちだけで十分だ。どうしてお返しなど望もうか」
呂布はせめてもの礼にと部下に命じて酒を持って来させ、李粛を歓待した。宴も酣となった頃、李粛が口を開いて、
「私は賢弟と殆ど会っていなかったが、《《ご尊父》》とはよく会っているぞ」
「兄上、酔われたか。我が父はとうの昔に世を去っておるのに、どうして兄上と会えようか」
李粛は哄笑して、
「違う、それがしが言っているのは、丁刺史(丁原)のことだ」
呂布は丁原の名前が出た事に恐慌したが、やがて心情を吐露し出した。
「実は……俺は丁原の所に居るが、出て行く事も仕方がないと考えているのだ」
「賢弟は天を持ち上げ、海を渡るほどの非凡な才を持っておる。天下のうちで欽敬せぬ者がおろうか? 功名も、富貴も、嚢の中の物を探るように容易く為せように、どうして人の下に甘んじておるのだ?」
呂布はぽつりと呟いた。
「真の英主に巡り会えぬ事が、恨めしい」




