十四、曹操出現
六月、何進は密かに人を遣り、董太后を河間の駅庭にて毒殺させた。太后は棺となって洛陽へ戻り、文陵に埋葬された。
司隷校尉の袁紹は何進に謁見して、
「張讓、段珪らが、『公が董太后を毒殺した』と外部に言い触らしておりますぞ。大事を謀ろうとなさるならば、この機会に閹宦を消してしまなければ。さもなくば後になって必ずや大過に見舞われます。かつて竇武は内密に宦官を誅殺しようとしましたが、事が露見して反対に殺されてしまいました。公の兄弟や配下の文武の臣はみな英傑であり、もし力を振るわば朝政を掌握できます。これは天が与えた好機です、逃してはなりませんぞ!」
何進は、
「今一度みなと話し合ってみよう」
と答えるのみで、行動には移さなかった。
側近がこの事を張譲に密告すると、張譲は何苗に報告するとともに再び多額の賄賂を贈った。何苗は何太后に上奏して、
「大将軍は新君を補佐する立場でありながら、その行いは仁とは申せず、殺伐を専らとしております。今また理由もなしに十常侍を殺そうとなさっておいでですが、これは乱を呼ぶ道と申すものです」
それから程なくして何進が参内し、何太后に宦官討伐の意思を告げたところ、何太后が反論して、
「宦官が禁中の事を取り仕切るのは、漢の昔からの習わしですのよ? 先帝がお隠れになってからまだ日が浅いというのに、兄上は旧臣を誅殺しようとなさっておいでです。これは、宗廟を重んじる行為とは言えませんわ」
何進にはもとより決断力というものが無く、太后の言葉に唯々諾々と従う事しか出来ずに引き下がった。外で待機していた袁紹は何進を出迎えて、
「いかがでしたか?」
と尋ねたが、何進は項垂れて、
「太后に聞き届けて貰えなかった。どうしたらよいだろう」
袁紹、
「四方から英雄を召し寄せましょう。それぞれが兵を統率して洛陽に集結すれば、宦官どもを殲滅する事ができましょう。このような事態に陥れば、太后も従わざるを得ますまい」
「なるほど、それは妙案じゃ!」
こうして諸侯を洛陽に集めんとして、各地に檄文が発布された。
しかし、主簿の陳琳が何進を諌めて述べるよう、
「なりませんぞ! 俗に『目隠しをして燕雀を捕まえようとする』と申しますが、これはつまり、叶わぬと知っていて試そうという事です。微物ですらなお思い通りに行きませぬのに、況してや、国家の大事ですぞ!? 今将軍は皇族としての威を振るわれて中枢の兵を牛耳り、龍が天に昇り、虎が闊歩するかの如き威風を備え、上から下まで心のままに操れるではございませんか。宦官を誅殺する事など、爐で毛髪を焼くほどに容易く行えるでしょう。ただちにご命令を行使されれば天下の人々は挙って従いましょうに、逆に外部の大臣に檄文を発して洛陽に集結させようとなさるとは。英雄たちが一同に会すれば、心を一つにする事は自ずと難しくなります。それこそ、矛を逆さまに持ちて、柄の方を相手に握らせるようなものでございます。間違いなく乱が生じますぞ!」
「それは、臆病者の考えることよ」
何進が陳琳の言葉を一笑に付すと、傍らの一人が手を叩いて哄笑した。
「こんな事は掌を返すほど簡単に理解できましょうに、どうしてそこまで多くを語らねばならんのですかな」
そう言ってのけたのは、かの曹操である。
まさにこの時、君に近似する奸悪の徒を除くため、すべからく聴くべし、智者曹操の謀。
はてさて、曹操の打ち出す計略やいかに。
それでは、また次回。
─第二回、おわり─




