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淡々三国演義  作者: ンバ
第二回 張翼徳怒りて督郵を鞭ち、何国舅宦豎を殺さんと謀る
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九、漁陽の戦い

 帝は詔勅を下して孫堅を仮の長沙太守に任命し、区星おうせいの討伐に当たらせた。五十日に満たぬうちに捷報が届き、江夏の一帯は平穏となった。この功績により、孫堅は詔勅を受けて烏程うてい侯に封じられた。


 一方、劉虞りゅうぐが幽州牧に封じられ、漁陽ぎょよう張挙ちょうきょ張純ちょうじゅんの討伐に当たった。代州の劉恢りゅうかいは劉虞に宛てて劉備の推薦状を書いてやり、会見の機会を得て喜んだ劉虞は劉備を都尉といに任命した。


 かくて劉虞と劉備は兵を率いて賊の根城へ向かい、力戦する事数日で賊の鋭気を完全に挫いた。賊の副将の張純は身勝手で凶暴な男であり、漢軍に追い詰められていよいよ求心力を失っていた。果たして幕下の頭目の一人が張純を刺し殺し、その首を土産に軍勢を挙げて投降してきた。張挙もまた大勢が決したと見るや、自ら首を吊って死んだ。こうして、漁陽の乱は平定されたのである。


 劉虞は、漁陽の平定に関しては特に劉備の戦功が多大であったと上奏し、その結果、かつての督郵の一件については無罪放免とされた。かくて劉備は下密かみつ県の丞に除され、やがて高堂こうどう県の尉に遷った。


 劉備のかつての学友であった公孫瓚こうそんさんも、劉備の以前からの戦功を改めて上奏し、別部司馬べつぶしば及び平原へいげん県の令に推薦した。劉備は平原で財貨や軍馬を蓄え、その勢力は以前よりも大いに奮った。


 一方で劉虞は賊討伐の功を認められ、太尉たいいとなった。


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