七、明日への彷徨
衛兵が侵入を阻もうとしたが、怒り心頭の張飛を止められる筈もなく、あっという間に叩きのめされる。堂へと駆け入り、督郵が正面に座して役人たちが地に伏している姿を目の当たりにした張飛は、とうとう怒りを爆発させた。
「民を害する賊めが! 俺が誰だかわかるか!!」
督郵が口を開く前に張飛はその頭をむんずと掴んで客舎から引き摺り出すと、そのまま役所の前の栓馬桩(馬を繋いでおく杭)に縛り付け、側にあった柳の木を折り、その枝で力任せに督郵を打ち据えた。打っても打っても張飛の怒りは収まらず、折れた柳の枝が十数本を数えてもなお打擲は止まなかった。
一方の劉備は内にて憤悶していたが、役所の前が騒ついている事を訝り、左右の者に問うたところ、
「張将軍が誰かを役所の前で打ち据えているようなのです」
劉備が慌てて様子を見に行けば、張飛に痛めつけられているのはなんと督郵。仰天した劉備が張飛にわけを尋ねると、
「この野郎は民を害する賊だ! 打ち殺さずにはおけるかってんだ!!」
督郵がか細くなった声で訴える。
「げ、玄徳公、どうか命だけはお助けを……!」
劉備はやはり仁の人である。命乞いをする督郵に憐れみを覚え、急ぎ呵叱して張飛の手を止めさせた。
そこへ関羽が駆けつけて、
「兄上は多大な功を立てられたにも関わらず僅かに県尉を得たのみで、挙げ句の果てには督郵に侮辱される始末。それがしが思いますに、いばらの中には鳳は棲めぬものなのです。ここは督郵を打ち殺し、官位なぞ捨てて帰郷いたして、また改めてこの先の大計を立てようではありませんか」
劉備はそこで県尉の印綬を取り外し、督郵の首へと掛けて責譲した。
「民を害する貴様など本来は生かしておけぬところだが、今しばらく命は預けておこう。私は印綬を返還した。従って、これにて失礼させていただく」
督郵は逃げ帰ってこの事を定州刺史に告げ、刺史は政府へ上申、追われる身となった劉備・関羽・張飛は※代州の劉恢のもとに身を寄せた。劉備が漢の宗室である事を知り、劉恢が家に匿った事についてはさておく。
(※後漢末に代州という行政区分はまだ存在しない)




