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淡々三国演義  作者: ンバ
第十九回 下邳城に曹操兵を鏖にし、白門樓に呂布命を隕とす
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八、呂布、そして陳宮の死

 やがて部衆が高順を引っ立ててきたので、曹操は問うた。


「君、何か言う事はあるかね」


 高順は何も答えず、怒った曹操は彼を打ち首とするように命じた。


 続いて徐晃が陳宮を解放して連れてくると、曹操は言った。


公台こうだいよ、あれ以来お変わりはないかな?」


「きさまは性根が腐っている、故に見捨てたまでだ」


「わしの性根が腐っているとしても、貴公はまたどうして獨り呂布なぞに事えたじゃ?」


「呂布は無謀と雖も、きさまのような詐術を弄する奸賊などとは訳がちがうからだ」


「貴公は有り余る智計があると自分で言っておったが、結局はこのような境遇に至っておるではないか」


 陳宮は呂布の方を振り返って、


「この方が我が進言に従わなかった事が悔やまれる。もし私の言葉に従っていたなら、きっと虜とされる事などなかったであろうに」


「こうした事態に当たり、さて、どうしようというのかね?」


「こうなっては、死あるのみだ」


「貴公が命を落とすような事になれば、貴公の年老いた御母堂や、妻子はどうなってしまうのじゃ」


「私は、孝によって天下を治める者は人の親を害さず、天下に仁政を施す者は、人の祭祀を絶やさぬものと聞いている。

老母や妻子の生死もまた、明公の手にあるのみ。我が身こうして捕われたとなれば、一思いに殺していただきたい。思い残す事などはない」


 曹操は名残惜しんだが、陳宮は自らの足で櫓を下り、左右の者が彼を牽いても止まる素振りも見せない。遂に曹操、身を起こして涙ながらにこれを見送るも、陳宮は顧みもしなかった。


 曹操は従者に向かって言う。


「今すぐに公台の老母や妻子を許都へ送り帰して生活の世話をせよ。怠った者は斬る」


 陳宮はその言葉を聞きながらもやはり口を開く事なく、頸を伸ばして刑に服した。人々みな流涕し、曹操は彼の屍を丁重に棺に納めて許都に葬ったのであった。


 後世の人が彼を歎じて詠んだ詩にはこうある。


 生死に二つの志無く、

 丈夫、何と壮なる哉。


 金石の論に従わず、

 空しく負う、棟梁の材。


 主をたすけてまこと敬うに堪え

 親をして実に哀しむべし。


 白門に身、死した日に

 誰がえて公台に似ようか。


 曹操が陳宮を送り出さんと櫓を下りている間に、呂布は劉備に向かって言った。


「玄徳よ、貴公は上客の席に座りながら、俺は階下の虜囚となってしまっている。なあ、どうして縄を緩めてくれるように一言言ってくれんのだ?」


 首肯する劉備。やがて曹操が櫓を上って戻ってくると、呂布はこう叫んだ。


「明公が煩わしく思っておられたのは私だけに過ぎぬが、それが今はもうこうして降服しておる。明公が大将、私が副将となったならば、天下を平定するのも容易な事ではないのか!」


 曹操が劉備の方を回顧して、


「ご尊意は如何かね」


 と問うと、劉備は答えた。


「明公は、丁建陽ていけんよう董卓とうたくの事をご覧にならなかったのですか?」


 予想と反する答えに、呂布は劉備を睨みつけ、こう言い放つ。


「おのれ、この小僧こそが一番信用ならないのだ!!」


 曹操が櫓から引き摺り出して縊り殺すように命じると、呂布は劉備の方を振り返って言った。


「大耳野郎! 轅門に戟を射た事を忘れたのか!!」


 そこで、俄かに大声を張り上げた男が一人。


「呂布の匹夫め、死ぬとなったら潔く死ね! どうして死を懼れることがある!」


 一同これを見やれば、すなわち刀斧手に抱えられてやって来た張遼ちょうりょうその人であった。


 曹操は呂布を縊り殺させ、然るのちに晒し首とした。


 後世の人がこれを歎じた詩には、こうある。


 洪水、滔滔として下邳かひひた

 当年、呂布が擒を受くる時、

 空しく赤兎馬千里をき、

 みだりに方天戟の一枝有らん。


 虎を縛るに寬を望むこと、今ははなはよわく、

 鷹を養うに飽きさせしむるなと、昔に疑い無し。

 妻を恋いて陳宮ちんきゅうの諌めを納れず、

 げて罵る、大耳兒に恩無しと。


 また、劉備の事を論じた詩がある。


 人を傷つける餓虎、縛りをゆるやかにするなかれ、

 董卓・丁原の血、未だ乾かず。

 玄徳、(呂布が)既に能く父をらうを知り、

 いかでか留め取りて曹瞞そうまんを害させしめんや。


 さて、武士に引っ立てられてきた張遼。曹操が彼を指して言う、


「この男、どこかで見覚えがあるのう」


 張遼は言った。


「かつて、濮陽ぼくようの城内で会ったことを忘れたのか(第12回参照)」


 曹操は笑って、


「おお、あの時の男であったか。思い出したぞ」


「ただ、残念でならぬ事がある」


「何が残念なのじゃ?」


「あの時、火の勢いが弱くて国賊を焼き殺せなかった事がだ!」


 曹操怒気を露わに、


「おのれ、敗将めが敢えてこのわしを侮辱するか!」


 と述べ、抜剣して自らの手で張遼を殺そうとしたが、張遼の顔にはまるで恐れの色など見えず、首を伸ばして刃の到来を待ち受ける。ところへ、背後から一人が曹操の臂膊を掴み、また一人が面前に跪いて説いた。


「丞相、一旦お手をお止めください」


 まさに、哀願する呂布を救おうとする者皆無なれど、賊を面罵した張遼はあべこべに命を拾う、というところ。畢竟するに、張遼を救おうとしたのは誰なのか。


 それは、また次回で。


 ──第十九回、おわり──

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