六、水計
さて、下邳の城を攻めていた曹操だが、二月が経過しても下す事ができずにいた。そこへ俄かに報せがあって、
「河内太守の張楊が呂布の救援のために東市へ兵を出しました。部将の楊醜が彼を殺害して丞相に首を献じようとした所、張楊の腹心の将である眭固に殺されました。眭固は反転して犬城へと去っていったようです」
報せを聞いた曹操は即座に史渙を遣って眭固を追撃させ、これを斬った。この事から諸将を集めて言うには、
「張楊は幸いにも自滅してくれたものの、北には袁紹、東には劉表・張繍という憂患を抱えておる。下邳を包囲する事久しくして落とせないとなると、わしとしては呂布を一旦放棄して都へ戻り、暫しの間戦は控えたいと考えておるのだが、如何であろうか?」
荀攸が慌てて諫止する、
「なりませぬ! 呂布は幾度も敗れて鋭気を已に失っております。軍隊は将を主体とするもので、将が衰えればすなわち軍隊も戦う気をなくすものです。かの陳宮は智謀を有してはおりますが、実行に移すのが遅い。呂布が鋭気を取り戻しておらず、陳宮が謀を定めていない今にこそ速攻を仕掛ければ、呂布を虜とする事ができましょう」
郭嘉が言う。
「それがしには、下邳を立ちどころに破り、二十万の軍勢に勝利を収める一計がございます」
荀彧が、
「それは、沂水・泗水を決壊させるのではござらぬかな?」
と口を挟むと、郭嘉は笑って言った。
「まさしく御尊意の通りです」
曹操は大いに喜び、即座に兵士らに命じて両河の水を決壊させた。挙って高原へと移った曹軍が目の当たりにしたものは、下邳の一城が東門を除いて全て水没していく様であった。
諸軍は飛ぶように呂布へ報せたが、呂布は、
「俺には、水をも平地の如くに渡る赤兎馬がいる! また何を懼れる事があろう!」
と述べ、やはり日がな一日妻妾と美酒を痛飲するのみ。酒色に溺れてだんだん見た目にも衰えが現れるようになった。
ある時、鏡を手に取って自身の姿を見た呂布は驚いて、
「俺は酒や色に溺れて体を損なってしまった。今日から飲酒は慎しむとしよう」
と述べると、かくて城内に禁酒を命じた。




