三、劉備対呂布
陳珪は一方で韓胤を許都へ送るよう提案したが、呂布は猶予い、決断することが出来なかった。
そこで、
「劉備が小沛にて軍馬を買い集めております。何をするつもりでしょう」
との急報がもたらされた。
「それは将たる者の本分ではないのか? 何を怪しむことがあろう」
呂布がそう述べる最中に、宋憲と魏続がやって来て、
「我ら両名、明公の命を奉じて山東まで軍馬を買い付けに行って参りました。かくて良馬三百頭余りを得られたものの、沛県の境に差し掛かった辺りで賊に遭遇し、購入した馬の半分を奪われてしまいました。聞けば、劉備の弟の張飛が、賊であると偽って馬を強奪したものであるとか」
激怒した呂布は、張飛を討たんとして即座に兵を率いて小沛まで向かった。劉備は呂布が至ったと聞いて大いに驚き、慌てて軍を引率して出迎えた。
両軍対峙の格好となると、劉備が下馬して、
「兄者、何故兵を連れてここまでいらしたのですか?」
呂布は劉備を指差して罵倒した。
「この恩知らずめが! 俺が轅門に戟を射て大難から救ってやったというのに、何故俺の馬を奪った!?」
「私のもとには馬が少ないゆえ、人を遣って買いに行かせたのです。どうして兄者から馬を奪ったりしましょう!!」
「張飛を使って俺の馬を百五十頭も奪ったくせに、まだしらを切るのか!!」
張飛は槍をしごいて出馬すると、
「てめえの馬を奪ったのはこの俺様よ! それで、どうしてくれるってんだ!!」
呂布はいよいよ激昂した。
「おのれ、丸眼の賊めが! 何度もこの俺をこけにしおって!!」
「俺がてめえの馬を奪ったってんなら、てめえこそ兄貴の徐州を奪い取っただろうが!!」
こうなるともはや和解はならぬ。呂布が方天画戟を振るって打ちかかると、張飛もまた蛇矛をしごいて応戦した。身の毛もよだつ打ち合いが百合余り続いたが、一向に勝負は決着を見ない。
劉備は張飛にもしもの事があってはならじと、急ぎ銅鑼を鳴らして軍を撤退させた。呂布はというと、すぐ様軍勢を分けて四方から劉備の居城を囲んだ。
劉備は張飛を叱り飛ばした。
「そもそもの発端は、お前が呂布の馬を奪ったからではないか! その馬は今、どこにおるのだ?」
張飛はばつが悪そうな様子で、
「小沛のそこかしこの寺院だよ」
劉備は呂布のもとへ人を遣り、馬は返すので兵を引くよう要請した。呂布は従おうとしたが、陳宮が諌めて、
「今劉備を殺しておかねば、後になって必ずや後悔する事になりますぞ」
呂布はその言を聞いて考え直し、劉備の要求を撥ね付ると、更に激しく攻め立てた。
劉備は孫乾と麋竺に諮った。孫乾の案としては、
「曹操は呂布に怨恨があります。この際、城を放棄して曹操に身を寄せるのに越した事はありません。軍勢を借りて呂布を破るのが上策かと……」
劉備は尤もだと考え、
「誰か、先鋒として囲みを破れる者は」
と告げると、張飛が名乗り出た。
「俺がやります。命懸けで挑んでみまさぁ」
劉備は張飛を前、関羽を後に配置し、自身は老弱の者を護衛せんと中間に陣取った。かくて当夜の三更、月明かりを頼りに北門からの脱出を試みた。
宋憲・魏続との正面衝突となったが、この第一陣は張飛が押し退ける。重囲を切り抜けた後、背面から迫ってきた張遼は、関羽が食い止めた。
呂布は劉備が去り行くのを見て追い縋ろうともせず、すぐ様入城して民衆を安撫した。高順に命じて小沛の守備に就かせると、自身は徐州へと引き去っていった。




