二人のヒロイン候補
容器に入った透明な液体は、太陽に発する光を吸収して黄金色に輝いていた。
コップを少し持ち上げて揺らすと、光が複雑に交じり合う。
私は冷たい水を一気に飲み干す感覚を想像して、夏が来たと思った。
波が収まると水面には女の子の顔が映っていた。
「フミちゃん、フミちゃんどうしたの? コップなんて見つめてさ。ぼーっとして」
コップから目を離して、その女の子の顔を見つめる。
水面に映っていたときは現実感がなかったが、生で見るといきいきとした活力が伝わってくる。短めのピンク色の髪をふんわりとさせた、人懐っこい顔。そして今日はちょっといたずらっぽい笑顔を浮かべた久美子だ。
「今日も変なこと考えてるの?」
「お前は、私を何だと思っているんだ」
「それはもうフミちゃんですよ。普段からあんなことやこんなことを考えて、ひとりでニヤニヤしてる」
「私のイメージ悪すぎだろ! というかそれは久美子じゃないの?」
「へへ、バレたー?」
あっけらかんと久美子は答える。もう少し自分のマイナスなことは隠した方がいいんじゃないかとおせっかいながら思うけれど、そこが久美子の良いところでもある。ウラオモテがないのだ。
「しかし、暑いねー。よくテラス席に座ろうと思ったね」
久美子は手をうちわがわりにして顔をあおぐ。ピンク色の髪がサラサラと揺れる。まるで風に揺られる木の葉のように涼しげだ。
「暑いところで、冷たいものを飲むのが最高なのだ」
私は汗をかいているコップを持ち上げる。触ると冷たく、手が濡れる。
「お、じゃあ、私も何か頼んじゃおうかな。フミちゃんは何を飲んでいるの?」
「水」
久美子が大げさに目を大きくする。
「え!? フミちゃんカフェに来て水はないよ。やっぱり暑さでどうかしちゃったの!?」
「失礼なやつだな。冗談だよ。それにここはサンドイッチ屋な。もう食べ終わったんだ」
「なーるほど。じゃあ、ちょっと注文してくる!」
久美子は駆けていく。久美子は背が小さいから、こうやってみると本当に小学生みたいだ。背負っているランドセルみたいなバッグのせいで、よけいにそう見える。
私は改めて、コップを見つめる。
太陽の光が、水の中ではじけている。
コップを傾けると、まるで天使の輪みたいな光が出来上がる。
水面にまた顔が映った。
「お待たせ、史恵。今日は待たせてしまったわね」
「梨花」
顔を向けると、背中まである長い青髪、スラリとした長身の女の子が立っていた。
黒を基調とした服が大人らしさを演出している。
梨花は青い髪をなびかせて席に座る。
「今日は私に用があるって話だったわね」
「そうだったか? 呼び出したのは梨花だったと思うけれど」
「私は自分に都合の悪いことは覚えてないの。だって私から急に呼び出しておいて、あなたを待たせたなんて人聞きが悪いじゃない」
「私は別に気にしないけど、そこは素直に謝ろうな」
「まあ、冗談は置いておいて、今日花火大会があるのよ」
「冗談がわかりづらいぞ」
私のつっこみを無視して、梨花はスマホを取り出す。画面には、〇〇花火大会と書かれている。
「ふーん、花火なんて興味あるんだ? ちょっと意外だな」
「いえ、花火に興味があるというか、その、シチュエーションが良いというか」
さっきまでのはっきりとした口調はどこへやら、何か言いにくいことがあるのか、下を向いて急にもじもじし始める。やがて、少し上目遣いになり、頬を紅潮させて意を決して言葉をつむぐ。
「史恵。私と花火を見に行きましょう。いいえ、これでは伝わらないわね。つまり、その、私とデー」
「フミちゃん、お待たせー。あれ、そこにいるのは梨花?」
元気な女の子の声が梨花の言葉をさえぎった。
飲み物を持った久美子と梨花は顔を見合わせて、一瞬何が起こっているのかわからないようだったが、すぐに視線がバチバチと火花を散らし始めた。
「そこ、私の席なんですけどー」
不満げに久美子が文句を言う。
梨花はギラリと久美子を睨んだ後、不安そうな目つきで私に問いかける。
「ちょっと、私と待ち合わせしてたんじゃないの?」
私が答えようとする隙を与えず久美子が割り込んでくる。
「えー!? フミちゃんを先に見つけたのは私ですー!」
「そんなの理由にならないわ」
「私とフミちゃんは、大親友なんで、待ち合わせしてなくてもビビっと居場所がわかっちゃうんです」
幼児体形の久美子と長身の梨花の言い合いはまるで姉妹喧嘩のようだ。久美子はぷにぷにのほっぺをリスみたいに膨らませて怒っている。反対に梨花は氷のように冷たいまなざしだ。
私が、二人の言い合いを見ながら今日も平和だなと思っていると、二人は同時にこちらを向いて、ハモった声で問いかけた。
「「それで、今日はどっちと遊ぶの?」」