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クローバー

作者: 広峰

 年々、連休や盆暮れの休みに実家に帰ることがためらわれるようになってきた。

 やっぱり新幹線の指定席を予約した方が良かっただろうか、と思いつつ、気が乗らない。

 そんな折、二年前からつきあっている彼氏のショウタに、陽気がいいからどこか花見か何かにでも行こうと誘われた。

 サチは、条件付きでいいよ、と返事をした。


「いいけど、桜みたいな木とかじゃなくて、お花畑がいい」


 そんな他愛もない我儘をショウタはいつものように受け止めてくれた。


「じゃあ、何の花畑? 今咲いてる花って何。チューリップとか?」


 と聞かれて、


「シロツメクサが好きなの。れんげとかイヌフグリとか野原に咲くやつが見たいな」


 と、サチは答えた。

 それで今、二人は広野原を目の前にして、ピクニックシートの上に座っている。


 ショウタは煙草をくわえたままぼんやりと青空を眺めている。

 ぷうん、と小さな羽虫が旋回して通り過ぎていく。

 人はまばらなのに、蝶々や蜂などの昆虫が点々と咲く野の花を訪問して回り、賑やかだ。

 コンビニで買ってここまで持ってきた弁当や菓子を、殆ど腹の中に収めてしまうと、もうすることが無い。

 サチは、シートの下から顔をのぞかせているシロツメクサに気づいて一本引きぬくと、指で悪戯しはじめた。

 しばらくして、それが完成すると右の手の中に隠し、両手を拳にして突き出した。


「どーっちだ?」


 ショウタは子供のようにワクワクしているサチの顔を見て微笑した。

 そして、並んだグーの形から、右手を選んで突っついた。


「こっち」

「当たり。……隠すの見てた?」

「いいや」


 手の中にあったのは、その白い花で作った指輪だった。


「器用だね」

「これは簡単だから。冠とか首飾りだったらもっと時間と根性が要るの。子供の頃、よくお母さんに作ってもらったりしたなあ」


 花の指輪をつまみあげ、ショウタは自分の小指の先に半分だけ突っ込んで小さく笑った。


「小さい。これ以上ムリ」

「だって、私のサイズで作ったんだもん」


 そういいながら、サチも中途半端にはまった指輪を見て笑った。


 サチの家の庭には、シロツメクサの群れがよく生えていた。

 不思議なくらいそこでは大量の四つ葉が見つかった。

 あんまりいっぱい四つ葉が取れるので、長いことサチはクローバーの葉の数は三枚か四枚、たまに五枚あるのが普通だと思っていた。

 だから、友達が四つ葉のクローバーが欲しくて探したんだ、と言うのを聞いて、はじめてそれがめったに見つからない幸運の印だと知ったのだった。

 母にそのことを話したら、母はいたずらっぽく笑ってこっそり教えてくれた。


「これはね、お父さんと新婚旅行に行ったときに、四つ葉のクローバーを見つけたの。その株を持ち帰って庭に植えたのよ。お父さんには内緒ね」


 そんな話をしたことをすっかり母が忘れてしまっても、サチはずっと覚えていた。

 子供心に、それはとてもロマンチックな話に聞こえたからだった。

 それから、サチはシロツメクサを少し特別に感じるようになった。

 夏休みの暑い日、兄と一緒に庭の水撒きをするというお手伝いを頼まれると、サチは庭木よりも先にクローバーの群れに水をやった。

 兄と水の掛けあいっこをしてふざけながらお手伝いをするのは、子供の頃の夏の楽しみの一つだった。

 そのせいか、庭の芝生よりもクローバーの方がだんだん優勢になってきて、しまいに父親がこぼすようになった。


「夏になると雑草が増えるようになったなあ。草むしりが大変だ」


 サチはこっそりと笑ったが、その理由を誰にも教えなかった。


 三年前、幼いころ一緒に庭の水撒きをしていた兄が、結婚して義姉と一緒に実家に住むようになった。

 兄の結婚は喜ばしいものだったが、サチはあまり義姉に慣れることが出来なかった。

 サチは、早くに家を出たせいで、兄の結納の話が出るまで義姉の存在を知らずにいた。

 義姉は、結婚する前からよく遊びに来ていたらしい。

 両親もすっかり慣れていて、元からいた家族のように義姉を扱う。逆に、サチはなんだか疎外感を感じていた。

 それまで、家はまさしくサチの家で、彼女の部屋もそのままとっておかれていたのだが、今は義姉が元サチの部屋を我が部屋として使っている。

 帰省すると、客間に敷かれた布団に寝かされる。それをどうしてもよそよそしいと感じてしまう。


 それから、兄夫婦が同居すると決まって最初に行われたことが、庭の手入れだった。

 綺麗に剪定された庭木、整えられた花壇。

 新婚夫婦に気に入られるよう、少しでもこざっぱりさせようと考えたのだろう、家の中も外も磨かれた。

 庭の雑草もすっかり駆除されていた。サチが好きだったクローバーの群れも、もう無い。

 その庭はまるで、良く似た風情だが他所の家に来たような、そんな錯覚を起させた。


 就職して親元を離れた身だったから、帰省した時にしか義姉と顔を合わせない。そのせいで余計に慣れることができないのだろう。……まあ、しかたがないことだ。

 そう思っても、妙な違和感がつきまとって、サチは帰省の準備にとりかかれないでいる。


 ショウタが小指から花を抜き取った。

 それをかざして穴から空を眺め、それから手のひらに乗せた。


「これ、サチのサイズなの? じゃあ、手、貸して」


 素直に右手を出そうとすると、ショウタはサチの左手を取った。

 そのまま薬指にすっと花の指輪を通す。


「ほんとだ、ぴったりだ」


 ショウタはつぶやいて、サチの左手を解放した。

 こっちは結婚指輪をはめる手だ。冗談混じりにこんなことしないでよね、とサチは苦笑し、白い花を指からはずそうとした。


「はずさないで」


 ショウタはサチの手を押さえた。


「……なあ、そろそろ一緒に住まない?」


 突然すぎる誘いに、サチは赤くなりながらもうつむいた。

 嬉しくないわけではない。自分もショウタが好きだ。けれど。


「……同棲はいや。煙草、嫌い。酔って帰ってこられるのも。それになんだかズルズルになりそう」

「禁煙なんかいつでもできる。禁酒も平気だ」


 ショウタのいつになく真剣な物言いに、サチは顔をあげた。


「それとも、同棲じゃなきゃいいの?」


 サチを真っ直ぐ捉えた視線は、まるで射抜くように鋭くて熱い。


「……ばか」


 それに耐えられなくなったサチは、真っ赤になってつぶやいて、下を向いた。


「なら、結婚して。俺、禁サチだけはできない」


 そして、見つけた。

 ピクニックシートの脇の、濃い緑の重なりの間に揺れるシロツメクサ。その横に。


「……本気で言ってるなら、一緒に帰省しよう。親に紹介する。あと、それ、掘り起して」


 見間違いで無ければ、それは四つ葉のクローバー。



 終

このお話に最後までおつきあいいただき、どうもありがとうございました。

少しでも楽しんでもらえたなら嬉しいです。

2009.12.05 作成

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