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この夏を閉じこめて

作者: 内色憩

冷房のよく効いたリビングで少女が二人、格闘ゲームをしていた。

「あっ、ちょっ、その矢反則!」

叫んだショートヘアの少女の操作するキャラは近距離タイプの女剣士。元々減っていた体力は更にじわじわと削られていく。隣から甲高い悲鳴が上がる度に、ツインテールの少女はケタケタと笑う。

「勝てば官軍なのだよアヤハ君」

「う~ん……」

なんとかエルフの弓矢を躱しながら接近する剣士。彼女が僅かにジャンプした瞬間、エルフの必殺技が発動し、着地間際の敵に命中する。

 しかし、剣士の体力は微塵も減っていなかった。素早く距離を縮めた彼女はお返しとばかりに必殺技を発動。連続斬撃をまともに受けたエルフは大きく吹き飛ばされ、勝敗は決した。


「ふわぁ……?」

素っ頓狂な声を漏らしたのはツインテールの少女。無理もない。必殺の攻撃がなぜかスカされ、勝てるはずの勝負を落としたのだ。

「バグったよね!ノーカン!まだ勝負は終わっていない!」

アヤハはそう物言いをつける彼女の顔の前でちっちっと人差し指を振る。


「ジャストガードしただけだって。コトネって全然ガード使わないからさ、そういうの頭から抜けてるでしょ」

「攻撃こそ最大の防御って言うし!」

「守れてないじゃん」

なおも文句を言おうとするコトネを制し、アヤハはゲームの電源を切った。画面はお昼のニュース番組に切り替わった。毒舌で有名な司会の男はスタジオに幾つも設置されたモニターを睨みつけていた。ワイプでは眼鏡をかけチェックのシャツを着た老人が身振り手振りを交えながら話す。


『ですから、ピークアウトしたもののまだ油断できません』

続いて、記者会見に臨むスーツ姿の老人が映し出される。少女達は小さな布マスクを着けた彼の名前も肩書も思い出せない。閣僚達が次々と斃れ、その度に副大臣や別の閣僚が代行として引き継いでいた。どうせお飾りなのだから五体満足なら誰でもいいというのが世論の多数派だ。

『先程会見で副大臣もおっしゃった通り、やはり我々にできることは三密の、つまりは密閉密集、そして密接に注意して生活することですね』

「そういえばさ、アヤハ。私達三密しまくりだよね」

「もう関係ないけどね」

二人が軽口を叩く間、スタジオの男はずっと不機嫌そうに眉をひそめていた。


 なんか別のにしようよ、とコトネはリモコンを操作する。インドの窮状を伝えるニュース、手軽に作れる夕食を紹介する料理番組、最近女性に人気の電子書籍のコマーシャル――やがて彼女はその手を止めた。


『あのさ、俺、ホントはお前のこと――』

その後に待つのは美男美女の熱いキスシーン。これは数年前話題だった恋愛ドラマだ。外出自粛を強いられ暇を持て余す視聴者向けに、こういった昔の作品が再放送されている。

「やっぱ岸くんかっこいいな~!」

「そうかな、私はあんまり」

若手男性アイドルに熱を上げるコトネとは対照的に、アヤハの反応は冷めていた。


「確かさ、アヤハのお父さんってセレブなんでしょ?やっぱり芸能人が家に来ておしゃべりしたりする?」

目を輝かせながら質問するコトネ。もう一方はあのねと溜め息交じりに返す。

「うちは病院の院長。そういうコネとかないから。前も言ったでしょ」

「そだっけ?」

「それに、今はもう無理でしょ」

アヤハは窓の外を見やった。外は文句なしの快晴。こんな事態になっていなければ、今頃彼女達は海ではしゃいでいただろう。ただただ、ウイルスが憎いと改めて思った。


 二人はしばらくドラマを観ていたが、やがて飽きてチャンネルを変えた。

「久々に見たけどさ、なんかベタ甘って感じ」

先程まであれだけ興奮していたコトネも、今はすっかり冷めてしまっていた。

「ヒロインが病気で死んじゃうのも、なんかありきたりだよね」

「あれ、コトネってそういうの好きって前言ってなかった?」

アヤハは意外そうに首を傾げ、キッチンへ向かった。冷蔵庫を開け、オレンジジュースを取り出す。都合よく戸棚にあった二つのコップを橙色の液体が満たしていく。


「いえ、ワタクシも今年で十六歳。そんな安い三ドル芝居には騙されてはいけないかなと」

「三文芝居ね。そっか、コトネもそんな大きくなったか」

はい、とテーブルにコップを置き、アヤハは深く息を吸った。

「あっ、またお姉ちゃんぶりだした!三つしか変わらないのに!」

ハコフグのように頬を膨らませた少女は、鬱憤を晴らすようにジュースをごくごくと飲み干す。お腹冷えるよ、と忠告されてもお構いなしだ。


 全部飲み干し、ぷはぁっと息を吸ったコトネは、改めて不満を口にする。

「そもそも会って半年も経ってないじゃん!」

「そこに気がつくとは」

アヤハはそう言ってクスクスと笑った。彼女にとって、共にした時間はそれよりずっと長く感じられた。


 コトネも両サイドの髪を揺らしながら懐かしむ。

「待合室でおしゃべりしてさ、その後色々あったけど退院して」

「退院してね」

続けて繰り返したアヤハはちらりと壁掛け時計を見やった。もうすぐ三時になろうとしていた。


「おやつの前にもう一戦する?」

「う~ん……」

「どうかした?」

妙にテンションの低いコトネ。呻きながらおもむろにゲーム機の電源を入れた彼女は、キャラ選択画面を見つめながらぼやく。

「私って、アヤハに勝ったことあったっけ?」

問いかけられた本人はそれを無視してキャラを選ぶ。といっても、二人が使うのはいつも同じ、剣士とエルフだ。


 開始と同時に、女剣士は一気に距離を詰める。言うまでもなく、これは相手の弓攻撃を封じる作戦だ。コトネもそれを分かっており、ひらりといなして逆側に逃げる。


「やっぱりさ、私が勝ったことないよね」

「知らないけど、これで勝てばいいんじゃないの?」

エルフのジャンプ攻撃が炸裂し、剣士は大きく吹き飛んだ。追撃の弓矢は僅かに逸れたが、コトネのペースだ。

「そうだけどさ――ほら、アヤハってゲームの時は割と感情出るじゃん?」

「私はロボットかなにかか」

「だっていつもクールビューティーって雰囲気だし!」

その一言に動揺したのか、剣士の攻撃は空を切り、カウンターをまともに喰らった。体力ゲージが半分を割り、流石のアヤハも焦りだす。


「ヤバっ!」

「だからさ、アヤハのいろんな顔見たいなって」

コトネは無邪気に微笑みながらそう言う。彼女のコントローラーを握る手にぐっと力が入る。

「マズいな……」

「もう死にかけじゃん、大人しく降参しよ!」

その言葉が癪に障ったのか、アヤハは口を尖らせた。

「まだこれから!あと死ぬとか言わない!」

ガチャガチャとやや乱暴にボタンを押すと、剣士の鎧が輝きを放ち、直後に虹色のビームが飛び出した。不意をつかれた相手に直撃し、体力をがくんと減らす。


「なにそれ!」

「スペシャル技。どう?かっこいいでしょ」

「私そんなの教えてもらってない!ズルい!」

「生意気な子にはお仕置きしないと」

「う~!」

そこからの展開は一方的だった。

 

「家に帰りたくならない?」

 ゲームを終え、二人で皿に盛られたクッキーをつまみながらぼうっとテレビ画面を眺めていた時、唐突にアヤハがコトネにそんな問いを投げかけた。

「どうして?」

コトネはゾウが水浴びする映像から視線を逸らし、相手を見つめた。

「いや、ずっとここに居るのもそろそろ飽きてきたかなって」

そう言ってアヤハは俯いた。その妙に低いテンションにコトネはやや当惑しながらも答える。

「そ、そんなことないよ。家もいいけど、アヤハといるの楽しいし。それに――」

満面の笑みを浮かべ、その先を告げる。

「アヤハに勝つまでゲームやめられないし」


「そっか」

つられて、アヤハも微笑んだ。彼女の白い腕が最後の一枚に伸びる。

「じゃあ、ずっと負けられないな」






 切れかけの蛍光灯がチカチカと廊下を照らす中、白衣の男は早足で病室へ向かっていた。人手が足りない中、面会を手短に済ませる必要性は彼も重々承知していた。ましてや彼は院長。彼なしではこの病院は、この瀕死の社会は回らない。


 目的の病室に足を踏み入れると、PCと格闘していた若い研究員達が反射的に立ち上がり挨拶してくる。彼らは外部の人間だが、その優秀な能力を買われて特例でこのプロジェクトに参加していた。

「挨拶はいらんよ。それより、彼女達は?」

「デバイスはほぼ正常に機能してます。ですがやはり肉体への復帰は困難かと……」

責任者の男は報告を終え、慌てて一言付け加える。

「あの、心中お察しします」

「仕方ないさ。娘の身体も限界だったし、本人も了承してる」

もう一人の方は両親から知らされていないようだがね、と呟き、仕切りを見やる。あるいは知らない方が精神衛生上いいのかもしれない。

「君たちも睡眠は十分にとるように」

「院長もお大事に」

「空いた人間で他の病棟手伝うので!」

若者たちの勇ましい声が病室に響く。院長は頼もしい限りだと笑いながらカメラ映像を見つめる。


 そこに映るのは二つのベッドと二人の少女。頭部に装着されたヘッドギアからはコードが何本も伸び、別室のスパコンまで接続されている。人工呼吸器などを使って彼女達の肉体はギリギリのところで生かされているが、意識は完全に電脳空間上に存在する。痩せ細った青白い手足も今の二人の知覚には影響を及ぼすことはない。

 

 二人は、クドウアヤハとニシヤマコトネの精神は、この世界と違う二〇二〇年の夏を生きているのだ。


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