隙間
週末。
こじんまりとしたイタリア料理のバーを修二が貸し切りにし、社員の友人や家族なども呼んで食事会を開くことにした。
それぞれが思い思いの席で楽しんでおり、小さな会話の花が所々に咲いていた。
日菜子はカウンターの1番隅に座り、その隣をあおいと同僚が埋めている。
「杉村さんはサッカー選手の奥さんなんですよね。」
同僚の男がお酒が入った勢いであおいに質問した。
「そうなんだけど、大したもんじゃないわよ。腐れ縁でね。日菜子もよく知ってる人。」
「そうなんですかぁ。どんな人なんですか?」
「そうねぇ、一言で言えばサッカー馬鹿だよ。日菜子もそう思うでしょ。」
日菜子は急に話を振られて少しだけむせる。
「え…ま…まぁ、そんな馬鹿じゃ無いけど。」
「ほんとサッカーしか取り柄ない。」
あおいがきっぱり言う。
「…そんな事ないんじゃない?優しいし、友達思いだし。」
苦笑いしながら日菜子がフォローする。
「そんなの誰だって同じじゃない。みんな優しいわよ!」
あおいはアルコールが入ったせいか、少しだけ乱暴になっていた。
「そんな事ないよ。優しいよ。」
なだめるように日菜子が言う。
「あれは見せかけ!私には冷たい事も言うんだよ〜。」
「…そっかぁ。夫婦って大変だね。」
そう言って日菜子はなんとか荒ぶるあおいを沈鎮めた。
「私の話は良いとして!日菜子は?彼氏とかいるの?」
絡むようにあおいが聞いてくる。
「いや、私は…まだいないかな。」
「そうなの?だって25でしょ。そろそろ見つけないと。」
「そうだよね…。」
そこに同僚が鋭くツッコミを入れる。
「蒼井先輩はあの2人のお世話で大変なんですよ。彼氏作ってる暇なんかないんだと思いますよ。」
少し離れた席で楽しそうに話す修二と直哉を指した。
「そうなの…?」
「まぁ…ね。」
「じゃあ、あの2人のうちどっちかと付き合っちゃえば良いんじゃない??」
ポンッと日菜子の肩を叩きあおいが言った。
一瞬日菜子の箸が止まる。
「…いやまぁ、私は釣り合わないし。
そもそも、あんな大変な人の奥さんになったらもっと辛いよ。」
「そうなの?」
「そうだよ。」
「ふーん…。」
なんとなく納得しない顔であおいは日菜子を見た。
「杉村さーん、ちょっとこっち来て!」
向こうで修二が手招きをする。
「はーい!
早速、噂をすれば…!」
小声でこちらにそう言いながら、あおいはクルッと振り向いて行ってしまった。
ふぅっと日菜子が一息ついた。
「旦那さんと上手く行ってないんですかね?」
残った同僚が日菜子に聞いた。
「さぁ?どうだろ?」
日菜子は再び食事に戻りながら首を傾げた。
「杉村さんってどんな人だったんですか?」
「うーん、やっぱりモテたかな。友達もいっぱいいたし。」
「見た目通りってことですかぁ。」
「うん。そうだね。」
「あーゆー有名人と結婚するような美人は、もっと変わってるって思ってたけど、中身は意外と普通なんですね〜。
俺も、もしかしたらワンチャンいけるかもしれないって思っちゃいます。」
「ちょ…っ止めてね、不倫とか。」
「…憧れちゃうなぁ、あんな女性。」
…。
話を聞きながら、日菜子には少し嫉妬のような、不安のような感覚があった。
中学生の時も、いつもそうだった。
日菜子の隣で笑うあおいはすごく輝いて見えた。
「Wあおい」と言われ、2人ワンセットで扱われていたが
みんな「あおい」に注目しているのは
日菜子も気がついていた。
月と太陽の様な存在…。
輝くのは太陽だけ。
皆んなあおいを見ている…。
修二と直哉に挟まれて、あおいの楽しそうな笑い声が聞こえた。
あの2人は取られたく無い…。
そう思い巡らせ、携帯のメールが鳴りハッとした。
確認すると直哉だった。
「今日この後うちに来れる???」
いつものメールだった。
ふと心に隙間が出来て、イタズラに返信を打ってしまう。
「行きます…。」