秘密
「杉村あおいと申します。パート勤務ですが、少しでも役に立てるように頑張ります。よろしくお願いします。」
パチパチと拍手が起きる。
あおいが照れたように会釈をした。
「それじゃ、先ずは会社のロッカーとか、備品とか、蒼井さんと一緒に行って説明聞いてください。」
「はい。」
「じゃあこちらへ。」
日菜子とあおいが連れ立って会議室に向かった。
会議室の扉が閉まるなりあおいが日菜子に駆け寄った。
「日菜子〜!元気だった?」
「うん。元気だったよ!あ、そう言えば結婚式行けなくてごめんね。」
「良いの良いの。おばさんから仕事が忙しいって聞いてたから大丈夫!おじさんもあんなことあったばっかりだったし、気にしないで!」
「うん、ありがと。」
「それよりホント偶然だね〜、びっくりしちゃった。会うのも中学卒業以来じゃない?」
「そうだね〜。晴留は元気?」
「うん。一応ね。ベンチから外れて2軍になったから、結構荒れてるけど…。」
「そっか、大変だね。」
「家で2人でいると雰囲気悪いからさ、私も今後のこと考えて働こうと思って。
でも私ラッキーだったよ。日菜子が同僚なんて。」
「うん。なんかあったら聞いてね。」
「ありがと〜。」
日菜子はあおいに会社の説明をはじめた。
杉村あおい、旧姓宮原あおい
そして蒼井日菜子
2人は幼稚園からの幼馴染だった。
同じ幼稚園で同じ小学校。
名字と名前が同じ事から
周りには「ダブルあおい」と呼ばれていた。
そして自然と仲も良くなっていった。
あおいは外見が整っていて、可愛らしい顔立ちをしている。
昔から茶髪でくせ毛でパーマがかった髪質は、側から見るとフランス人形のようだった。
更にバレエ、ピアノが得意で、親が子役モデルに応募して合格したこともあった。
典型的な陽キャだ。
日菜子は、黒髪、ストレート、背が引くく顔立ちは地味。
親が税務署で働いていたこともあり、その影響か「堅物」との先入観を持たれることが多く、事実計算は早く、勉強も良くできた。
そのため先生からも一目置かれる存在だった。
典型的な陰キャ。
そんな2人は、お互いの無いものを補うように仲が良かった。
いつも一緒にいた。
小学6年生の時、日菜子の家の隣に同じ学年の男の子が引っ越してきた。
その子はサッカーがものすごく得意で、直ぐにクラスの人気者になった。
日菜子は家が隣のよしみで、世話係を任命され毎日行動を共にした。
その子もしっかり者の日菜子の事を随分と頼っていた。
中学に上がって、日菜子はその子が好きなんだと気が付き思いを募らせていた。
そしてあおいに相談した。
あおいは日菜子に協力すると言ってくれた。
そしてあおいは…他の友達に日菜子の恋心を話して友達にも協力を仰いだのだ。
当然噂は広がる。
学年中噂が広がり、彼の耳にもその話が入る。
しばらくするとクラスメートに囃し立てられるようになる。
帰り道同じ方向に歩いているだけで、
給食を彼に渡すだけで、
廊下ですれ違うだけで…
周りから「ヒュー!」という声が聞こえるようになった。
そしてある日彼が日菜子の家に来て言った。
「オレは、あおいが好きなんだ。」と。
それがあおいの今の夫である杉村晴留である。
日菜子は晴留が家に来て「あおいが好きだ」と言った日、
失恋したショックよりも別のことで悲しかった。
晴留には今回のことが、あたかも日菜子が言いふらして、皆んなに冷やかされて良い気になっている。そんな風に思ったらしい。
「そんなの真っ平ゴメンだ!
オレは、あおいが好きなんだ!」
そう言って帰って行った。
日菜子が晴留を好きになること事態が、彼にとって非常に迷惑を掛けてしまうことになった。
日菜子は次の日あおいにこう言った。
「私は晴留が好きだと思ってたんだけど勘違いだった。あいつはただのサッカー馬鹿だ。
勘違いされたら嫌だから、皆んなに話してくれない?」
あおいは「わかった!協力する!」
そう言ってクラス中の女の子に協力を求めた。
そして…みるみる噂は浸透して行った。
あおいは決して悪い子じゃない…。
友達思いのいい子だ。
友達に秘密を話した私が悪い。
秘密を友達に話した時点で、それはもう友達の友達にも話した事になる。
秘密なら、墓場まで持って行け…。
そう思うようになった。
中学を卒業し、あおいと晴留は同じ高校に進学した。
私は地元のトップレベルの女子高へ進学することにした。
秘密は絶対に誰にも喋らない…。