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色彩



「はぁ〜、疲れた〜。」


デスクのイスの背もたれいっぱいに伸びをする直哉。


「ねー、日菜子ぉ〜。ちょっとだけ休憩しても良い?」


「…。」


固まって考える日菜子を覗く。


「あれ?日菜子寝てんの?」


「寝てません。真面目にやって下さい。」


「なんかお腹すいてきちゃたよ。」


「さっき食べたばかりなので、甘いもので繋げておいて下さい。」


パチパチとキーボードを打ちながら、顔も見ずに答える日菜子。


「オレ、茶々丸に餌あげ忘れたかも知れない…。」


「え?」


パッと日菜子が顔を上げた。


「うそ〜!!」


「もぉ…。」


ため息をつく日菜子を嬉しそうに直哉が見た。


「…なぁ、お前ら。遊んでたんじゃ本当に終わんないぞ。」


修二が2人に釘をさす。


「…そんな修二はちゃんとやってんのかぁ〜?」


そう言って直哉が修二の背後にまわった。


「ソリティアやってんじゃねーか!!!」


「…バレたか!」


修二は舌を出して笑った。


スクッと日菜子が席を立ち、それぞれのマグカップを集める。


「田中社長は何を飲みますか?」


「…えっと、じゃあブラックで!」


「オレはミルクも砂糖も有りで!」


「…松田常務はそれしか飲まないのでいちいち言わなくても良いです。」


「げー、何その言い方ぁ〜。」


日菜子はカップを持ってコーヒースタンドに向かった。




直哉と修二は大学在学中に起業の準備をしていた。


会社の内容のアイデアは直哉が出した。企業の人材育成をAIに行わせるオーダーメイドシステムの作成会社である。


その話を聞いた修二が具体的にソフトなどを作成し、なんとか卒業までに会社設立にこじつける事が出来た。


最初は直哉と修二2人で業務の全てを回していた。


しかし徐々に手が足らなくなり、両親が税務署で働いている日菜子に頼み込んでアルバイトで経理をやってもらった。


設立から3年経った現在は、利益もそこそこ上がっており、社員20名程の会社になっている。


来月には大口企業からの依頼に着手する予定で、かなり業績は好調だ。


日菜子は2人に、「卒業をしたら手伝って欲しい」と起業前から言われていた。


日菜子の親は「普通の企業に勤めて欲しい」と最初反対していたが、ちょうどその時期に日菜子の父親がある事件に巻き込まれた。


日菜子の父の職場である税務署で、年末調整で訪れた客に逆恨みをされ、父が帰り道に背後から刺されてしまうという事件が起きたのだ。


その日は非常に税務署が混雑していて、人が殺到していた。


その時対応に当たった父が何故だか逆恨みをされて刺されてしまった…。


入院を余儀なくされた父は


「人のために生きても、その人にためになるか分からない。

それならば人生自分の好きな事をやって、人に喜んで貰えるのが良い。」


とその病床で悟り、長年働いた税務署を母と一緒にきっぱり辞め蕎麦屋を開いたのだ。


その後は言うまでもなく両親共に悠々自適に生活しており、毎日忙しいが笑顔が絶えない日々を送っている。


そして日菜子も彼らの会社に無事就職し、一応入社2年目の正社員として働いている。




「はい、お待たせしました。」


日菜子がそれぞれにマグカップを渡した。


2人は大好きなサッカーの話で盛り上がっている。




大学時代に話を戻すと、あの日以来直哉は日菜子にちょっかいを出す様になった。


話しかけるのは主に茶々丸の成長報告だったが、研究室でも絡みたい直哉は、自分には関係が無い日菜子の課題を邪魔したりちょくちょく日菜子の周りをウロついていた。


その度に日菜子に怒られ研究室では半分無視されている状態だったが、無視すればするほど直哉はちょっかいを出し、また怒られる。


無限ループに突入していた。


それでも直哉が茶々丸を母猫の埋まる木の下に時折連れて行くと、その時ばかりは日菜子も側に座り静かに読書などして過ごすことがあった。


修二は直哉の出したアイデアを具体化する為に日々苦戦していたのだが、行き詰まりを感じると優秀な日菜子に助言を求めるようになっていた。


下の学年だったが日菜子のアドバイスは的確であり、更に修二には無い女性からの細やかな目線が加わるので、修二が欲しい答えの上を行く解答が毎回帰ってきた。


修二と直哉のコントラストの中に、日菜子が混ざりかけていた。


それを見た周りの学生の中には、嫉妬の様な感情を抱く者も少なくなかった。


「…何あれ。地味な女のくせに。」


「少し頭が良いからって、自分の身分をわきまえろって感じだよねぇ。」


「気持ち悪ぅ。」


そんな声が日菜子の耳にも入ってくる。


ショックじゃないと言えば嘘になるが…


…それよりも


以前に同じ感覚に陥った事を思い出す事が多かった…。


しかしそんな状態は長く続かず、修二と直哉は程なくして卒業をしてしまった。


その後は日菜子がただ彼らの会社にバイトに行くだけで、


同級生の関心も日に日に薄れていき誹謗中傷は自然と無くなっていった。


日菜子は卒業まで穏やかな大学生活を送ることが出来た。




「そろそろ新しい従業員を入れようと思うんだけどさ、やっぱり営業部がもっと手厚く無いといけないんじゃないかな?」


最近は修二が事あるごとにそんな話をしている。


「夏休み明けに、中途採用で募集かけてみるか…。」


今日も直哉がそう話していた。


「とにかく今ある問題を解決してから!さぁ、休憩は終わり。片付けましょう!」


『はーい』


会社には大学時代の3人の様な空気が流れていた。


でもそれは…


嵐の前の静けさにすぎなかった…。



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