壱話 「カイゴウ」
気が付くとそこは荒野だった。山はかつての姿が想像できないほど荒れ果て、命の気配が感じられない。川があったらしい溝も同様だ。
「いきなり地獄かよ。」
あれは夢で自分は本当に地獄に居るのではないか?そう思っても誰も答えてくれない。
何にしてもじっとしていてはいられない。取り敢えず川の痕跡を辿ってみる。
それからはどれほど経ったか分からない。なにせ景色がまったく変わらないのだ。
荒れた大地、それしかない。
「はあ、はあ。」
息が上がる。のどの渇きなど分からないくらい疲れていた。それらが今自分が生きていることを否が応にもわからせる。いったい何時までこの地獄は続くんだ?そんな疑問が頭から離れない。精神も疲労もピークになった時、一軒のあばら家があった。
「い・・・ぇ・・」
声が出ない。意識が朦朧とする。その場でばたりと倒れた。ここまで来たのに。そこで人の気配がするのに気づく。が、体は動かない。そうして何度目かの気絶を迎えた。
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「そろそろ起きな。」
「ユ・・・ゥ?」
「はあ、誰だいそりゃ?アタシはカオルってんだよ。」
優に似ているが違う、妹はこんなに大きくない。そこでここがデウセレスであることを思い出した。
「取り敢えず飲みな、アンタ何言ってるかわからないんだよ。」
乱暴に差し出されたそれは水だった。何時振りであろうか。オレは必死で水を流し込んだ。
美味い。こんな美味い水は初めてだ。
「あーあ、ここでは水は貴重なんだ。零すんじゃないよ。」
落ち着いてきたオレは彼女に問いかけた。
「あなたは?ここはいったい?」
「アタシはさっきも言ったとおりカオル、カオル=フドウってんだ。そしてここはアタシの家さ。」
微笑を浮かべる顔には大きな傷があるがそれでも彼女は美しかった。見てくれだけではない、魂から輝いているのだ。
「少しは元気になった様だね。アンタはなんてんだい?」
「オレは忍、宇多忍だ。」
「シノブ・・・ね。しっかしこんな所に何の用があったんだい?」
「オレは・・・」
そこでふと気づいた。フドウ?たしかあの時最後に聞こえた言葉だ。
「あんたフドウ!?あの声が言っていた!?」
「いきなりなんだい!?意味がてんで分かりゃしないよ。」
「オレは強くならなきゃならないんだ!オレを強くしてくれ!」
「はぁ!?なんだいそりゃ。元気になったんならとっとと帰りな!」
「帰れないんだよ!帰れ・・・」
ぽろぽろと涙が落ちる。感情がコントロールできない。優、恋。会いたい。
「・・・まあ、なんだ。話くらい聞いてやるよ。」
とても優しい声で優しい言葉を聞いた。涙と嗚咽が止まらない。
オレは途切れ途切れになりながらいままでの事を全部話した。上手く説明できたか分からない。ただ、彼女は真剣に聞いてくれていた。そして全て話し終えるとオレは眠ってしまっていた。
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「違う世界、ねぇ・・・」
シノブは全て話し終えると糸が切れたかの様に再び眠ってしまった。
たしかにこの世界は荒廃が進んでいる。それが神が居ないせいだとは信じられない。
だが、あの目は嘘をついて人を騙そうという人間の目ではない。それに家族に会いたいと涙を流す姿は痛々しく演技とは思えない。それになによりフドウの事を知っていた。
もう世界から忘れられた筈のフドウを。
「もう使うことも無いと思っていたんだけどねぇ。」
無造作に立てかけてあるソレに目を向ける。ソレは二度と使うことがないと思っていたものだ。少し引き抜いてみる。そこには、昔と何一つ変わらない銀の光が爛々と耀いていた。
不動心伝流。
かつて剣姫(鬼)と呼ばれた剣豪の流派。
その剣は大地を砕き、風を裂き、血の雨を降らせた。
敵として出遭ったが最後、生きては帰れない。
曰く、牙である。
曰く、爪である。
曰く、獣である。
曰く、猛禽である。
曰く、災害である。
曰く、・・・・・・・・・・・・・・・・・・死、である。