ねえ、あの子はどこ?
今日は午後から天気がくずれそうなので傘を携帯しておくといいでしょう、という先ほどのアナウンサーの声を思い出し、あわてて部屋にもどって机の横を一瞥してみたものの、そこに掛かっているはずの折り畳み傘は席を空けていて、どこかに忘れたのだろうか、学校に置いたはずもないのにと訝りながら、彼女はいつしか腰掛けて、頬杖をつくように拳をほっぺたにあてていたのだったが、そうしているうちにも時間は当然過ぎてゆき、こうしていても埒が明かない、コンビニに寄ってビニール傘を買って行けばいいと思ってみても、それで折り畳み傘の謎が解けるわけでもないし、いざ失ったとなるとあの小さな形態がどうにも愛らしく感じられてきて、そういえばいつだって大抵の子がビニール傘をパッパッと開いていくなか自分はといえばコンパクトな相棒を得意げに取り出して、外はザーザーいっているから本当なら憂鬱な気分になってもおかしくないのに、その相方のおかげで内心陽気であったりしたものだけれど、雨がはねないなら鼻歌を歌いつつスキップしたくなるようなあの心持ちも、その子が眼の前から姿を消してしまった今となってはもう味わえないだろうし、でもどうして最後のお別れもしてくれず、勝手にいなくなっちゃうの、なにもいってくれないなんて、違う、そうじゃなくて、わたしがどこかに置き去りにしたせいで、今見知らぬ場所であの子はひとりシクシクしているんだ、そうわたしのせいなんだと気づいてみると、いつもならか弱い彼女を雨から守ってくれるボディーガード役の相棒が、今ではよちよち歩きすらままならない幼子に見え、そう、あの子がひとりで帰ってこられるはずがないし、わたしがしっかり手をつかんであげなきゃいけないのに、それが出来ないせいで迷子になってしまったんだと一気に母親気分に浸ったのは、やはり年の離れた姉が、最近よくちいさい子を連れて両親のご機嫌伺いに実家を訪れることがきっかけになっているはずで、つい昨日だって遊びに来たその甥を、ぎゅっとしたりお手手をつないでほんの近くまで散歩してみたりご飯を食べるのを手伝ってあげたりしてとことん可愛がったのだから、気づいてもよさそうなものの、先ほどからずっと折り畳み傘のゆくえで頭がいっぱいになっている彼女には、どうやらそこまでは思い至れないのだった。
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