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「話を聞いた時はぞっとしたぞ……」
ケイレブ王太子はソフィアをかき抱くと耳許で囁いた。
「あの程度の者達では私の首は獲れんよ」
「首は獲れんでも手傷は負おうが……ケイランめ」
「よせ、ケイラン王子が命令した訳ではあるまい」
「同じ事よ!」
寝物語にする会話ではない。
「やれやれ色気の無い……私よりそなた、自分の身を守るすべを考えておるのか?」
「俺を直接狙うなら面白い。返り討ちにしてくれる」
「何を云う、日頃剣の稽古もろくにしないくせに」
ソフィアはくすくすと笑った。ケイレブは幼い頃から剣が苦手だ、まるで才能が無い。剣を振るうとひょうげ踊りに見えてしまう程だ。
「とにかく王太子、気を付けよ。私の方に刺客は二度も来るまい」
収穫祭が始まると、街の賑やかさは更に高まった。
付近の農村から集められた麦藁でこさえた特大の人形が、人々の手によって往来をねり歩く。
皆思い思いの仮装で振る舞い酒を口にしながら秋の祭を楽しんでいた。
「まさに暇だ」
女王にとっては、屋敷の窓から眺めるだけの収穫祭だ。市井の者達が主役の祭であるから、王族貴族が混ざるものでは無い。
「幼い頃は羨ましがったものだがな」
「お忍びでお出でになりますか?」
「いや止めておこう、万一知れたら市井の者達が興醒めしようからな……あぁ、今の内に一年の報告書を仕上げておくか」
収支報告など今年一年の各報告書を提出するのは年が明けてからの事だが、執行官は春の祈願祭が終わるまで仕事が無い。
後に回すより終わらせてしまえとソフィアは机に座った。いつまでも窓の外を見ていると祭に混ざりたくなるからであろう。
「失礼します。王太子殿下より文が参りました」
しばらくしてセレナが盆に手紙を乗せて来た。
「この前会ったばかりだろうに、種馬め」
「陛下、はしたない」
「王家の男など皆種馬稼業だろうが」
「言葉をお選び下さい。王太子殿下が種馬なら陛下はさかりのついた牝馬という事になります、それでは外聞が宜しくありません」
セナの言葉にカラカラと笑った後、女王は眉をしかめた。
「どうなさいました?」
「ふむ……今朝の食い合わせが悪かったかな?」
「薬酒などお持ちしますか?」
それには首を振り、女王は届いた文の内容を確かめる。
王太子主催の園遊会への誘いであった。収穫祭の代わりに秋の終わりを楽しもうという内容である。
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園遊会は賑わいを見せていた。
季節の果物と新造の酒、献上された狩りの獲物が香ばしい匂いを立てて卓に並べられている。
落葉を踏みながら招待客は和やかに会話を楽しんでいた。
客のほとんどは議会に席を持つ貴族や王族。他には慰労として位の低い武官文官なども見えた。
「楽しんでくれているか、ソフィア陛下?」
「おや種馬殿」
女王のケイレブ王太子への物言いに、思わず噴きそうになるセナ。それを横目で睨むセレナ。
「種馬とはひどい、まるであちこちに手を出しているかの様に聞こえるぞ」
「……違うのか?」
「俺は結構一途なのだぞ?」
「あやしいものだ……ところで、ケイランの姿が見えんな。呼んでいないのか?」
ソフィアは辺りを見渡して言った。
兄である王太子の主催する催し物だ。普通弟が参加していてもおかしくは無い。
「呼んだが来ない様だ。はっきり断られた訳では無いのだが、顔を出し辛いのだろうよ」
女王への襲撃事件については、ケイランにも既に聞こえているだろう。
ならば黒幕が誰で、誰の為にした事なのかくらいケイランとて解るはずである。
「ケイランも種馬殿と仲のよいところを見せれば、取り巻きどもも少しは控えてくれそうなものだがな」
「こいつ、まだ言うか」
ケイレブが肘で小突くと、軽く当たったのにもかかわらず女王は顔をしかめた。
「……調子が悪いな」
「なんだ悪阻か?」
「馬鹿め……悪阻ならもっと酷かろうよ」
「しかし顔色が良くないな、部屋を用意するから調子が良くなるまで休んでいけ。薬師を呼ぶか?」
「大事無い、薬師までは要らんがお言葉に甘えて休ませてもらおう……まさか夜這いには来るまいな?」
「人を性欲の権化にするな、俺とて弁えるぞ」
ケイレブが人を呼び、女王と二人の従者は客用寝台のある部屋に向かった。
「このところ急に調子が悪くなるな」
「……よもや本当に悪阻では無いでしょうね陛下?」
「はははっ!なら御落胤という事で王宮から手当が出るな」
笑いながら女王は横になった。
しばし休んでいると扉を叩く音が聴こえた。
「……夜這いに来たのではあるまいな?さすがに怒るぞ」
「普通見舞いと考えませんか?」
セレナが取り次ぎをしている間、女王とセナは間の抜けた会話をしていた。
やがてセレナが女王の前に戻り、面会相手の名を告げる。
「陛下、ケイラン第二王子殿下が御目にかかりたいと仰せです」
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