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フォン……ッ!
『贖罪』が風を切って唸りを上げた。
首級が落ちる。
赤い装束の女王が一礼すると歓声が轟いた。
血糊を拭った『贖罪』を鞘に納め、壇上から下りたソフィアに、セナが従う。馬車の傍らに従者姿のセレナが待ち構えていた。
「なかなか似合うではないか」
「お戯れを。妹に従者の格好をさせるのであれば人をお雇い下さい」
「生活に困窮しておるのでな……いや冗談だが」
渋い顔をするセナに軽口をつく女王だったが、すぐに真顔になる。
「新しく雇った者が実はケイランの手の者……では洒落にもならん。セレナの腕なら確かだ、なぁセレナ?」
「御意」
口喧しい兄と比べ、いたって無口な妹が一礼する。
「やれやれ……次は私に侍女姿になれ、などと御無体を口にされません様お願いします」
「はははっ!」
女王は馬車に乗り込んだ。
セナがひょうげた言葉を口にするのは女王を慮っての事。
罪人とはいえ人一人の首をはねるのである。
一刀のもとに首を断つには剣の技術のみならず集中力がものを云う。
まして大観衆の固唾を飲んで見守る中である。
精神的な労力は計り知れない。
ささくれた心をひょうげた言葉で慰めるのが、セナの一番の仕事であった。
「……屋敷に回します」
馭者台に座ったセレナに、女王はかぶりを振る。
「先に監獄島へ行く。面倒はさっさと済ませたいからな」
「御意」
ロオザン監獄は大河ロオゼの中洲を利用して建てられている。
元は砦だった頃の名残で物見の尖塔があり、特徴的なシルエットが対岸から見えた。
渡し場に馬車を預け、三人は舟に乗った。渡し守が中洲へ向けて漕ぎ出す。
「いつ見ても陰鬱な姿ですな」
「砦だったのだからな……しかし監獄が華麗な造りでは示しがつくまいよ」
処刑執行官であるソフィアにしても、ロオザン監獄はあまり顔を出したくない場所だ。
囚人達の苦痛の呻きが、石造りの壁面から染み出して黒く染まっている。単にこちら側からは日陰なだけなのだが、その様に感じられるのだ。
陰鬱だというセナの感想は、女王だけが感じている訳では無い事を物語っている。
水門状の入口へ舟は艪を進めた。
濡れた石床に足を上げ、番人に取り次ぎを頼む。
洞窟にも似たカビ臭い湿気のこもる暗い階段を、番人の持つ松明に先導されて執務室の扉に辿り着く。
「失礼、ローワン拷問長殿、処刑執行の完了報告書をお持ちした」
拷問長と揶揄されたローワンは、無表情のまま手渡された報告書を眺めた。
色の白い酷薄な顔立ちは、冗談が通じない気性かとも思われる。
「……結構。だが私は不必要な拷問を推奨などしていないよ」
「おぉ、これは失礼、獄卒長殿」
「なかなかに嫌われているな。まぁ私達は嫌われるのが仕事だ、誉め言葉と受け取ろう」
ローワン看守長は口許をシニカルな笑みで歪めた。
報告書を油紙でくるみ、革表紙の書類入れに挟めて仕舞う。
ローワンは女王の知人の中では割りと冗談の通じる男であった。仏頂面なので顔で損をするタイプだ。
「さて……次の罪人は」
と、ローワン看守長が書類を出している時、遠くから悲鳴が響いてきた。
「……拷問しているじゃないか」
「アレか?アレは泣女というやつだ」
「魔物まで収監しているのか?それは大変だな」
ソフィアの揶揄に無表情のローワン看守長の口許がまた歪む。今度は苦虫を噛んだ様にへの字になった。
「魔物なものか。アレはただの女だ。看守の姿を見ただけでアレだ、ここ二~三日辟易しているよ」
「罪状は?」
「罪状など無い。一家惨殺の目撃者……何も話さんから留め置いているだけの事」
ローワンは溜め息をつく。
「喋ってくれたならさっさと放り出すのだがな、煩くてかなわん」
「一家惨殺?」
「強盗だな、家財が盗られている。アレが独り家の中に座っていた、死体が転がっている中に。しかも身内では無い。浮浪者か何かだ」
「強盗の一味……とも違う訳か」
「違うな。まるで意思の疎通がきかん。死人を見て騒がない癖に生きた者を見ると」
また悲鳴が響く。
「……アレだ」
ローワンの表情は変わらないが、かなりうんざりしているらしい。
「以前にもあの女は死体の前にしゃがみ込んでいたらしい。そっちは行き倒れだった様だが」
「やはり証言はとれなかった?」
「死神憑きとでもいうのだろうな、あの手合いは。意図せず死体に出くわす。まともな者なら証言もとれるのだが……」
また悲鳴。
「明日には放り出す」
「お疲れ様だな、では私達は退散するよ」
次の処刑予定を受け取るとソフィア達は執務室を出た。
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