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女王の斬首線  作者: CGF
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3



「久方ぶりではないかソフィア陛下」



王宮の回廊にて出くわした王太子ケイレブに、ソフィアは会釈する。


父の代で議会の席は捨てたものの、何かと登城する機会は出てくる。その日も処刑執行の報告文を提出する為、ソフィアは顔を出していた。



「王太子殿下、ごきげんよう」



女王は処刑人のみが着る赤の軍装姿、対する王太子は近衛用の白。


ケイレブはいつも好んで近衛軍装を着ている。近衛大将の肩書きがあるのだからおかしな事では無いのだが、王太子の装いからは外れる。



「……またそんな格好かケイレブ?少しは王族らしい装いがあるだろうが」


「ぬかせ、そなたが云うか?こちらの方がこざっぱりとして良いのだ」


「単に着たきり雀なだけであろう?袖口が汚れておる。それではモテないぞ」


「そなたこそ血生臭い、洗っておるのか?」



二人してニヤニヤとお互いの姿に駄目出しをし合う。幼い頃からの付き合いだ、遠慮が無い。



「……おっと、こんなところでいちゃつくのは外聞が悪いな」


「私はいちゃついたつもりは無いが」


「まぁそう云うな、俺の部屋に行こう……ゆっくりしていけるのだろう?」


「お前の場合『部屋』ではなく『寝台』の間違いだ、たまには卓について茶でも出せ」


「なら寝台で茶を出そう」






ケイレブの指が櫛けずる様にソフィアの黒髪を撫でた。



「伸ばせばよいのに、勿体無い」


「剣を振るうのに長い髪は邪魔だからな」



ケイレブは撫でていた黒髪をモシャモシャと掻き乱した。短いソフィアの髪が鳥の巣になる。



「これ!何をする」


「全く、いつまで『赤』を着ているつもりなんだ?」


「日々の糧を得る為だぞ、なにが悪い」


「悪い。俺の妻になる者がいつまでも血塗れでは体裁が非常に悪い」


「求婚された覚えは無いぞ」



この様なやり取りはいつもの事であった。


ドアがノックされ、侍女が茶を運んでくる。後はいいと運び終えた侍女をケイレブは下がらせた。



「……呆れた。本当に寝台の上で茶を飲ますか?二人して裸だぞ?」


「今度寝台をずらりと並べて大々的に茶会を開くか?裸の付き合いというやつだ」


「馬鹿め」



ケイレブが自分に求婚しない理由は解っている。


没落したとはいえソフィアは女王だ。王配を求める立場であり、ケイレブ王太子と結ばれる事は一つの王家が断絶する事に繋がる。跡を継ぐ者がいないのだ。


しかし、没落した王家に王配を出そうという奇特な貴族などそうはいない。


自分の代で終りだろうとソフィアは常々思っている。



仮にケイレブが求婚し、それを承けたとしよう。そうなるとじきに王妃兼女王となってしまう。


没落王家が、一時的にも連合に属する領土持ちの王族達の上に立つ形になる。これでは連合にひびが入るのだ。



それは避けたい。



「そうだケイレブ、今度剣の稽古に付き合え」


「断る。命が幾つ有っても足らんではないか」


「……よく近衛大将をやっていられるものだな?」


「大将も王も剣は振らんのだ」






────────


翌朝、門衛に預けておいた剣帯を腰に巻いているとソフィアに声がかけられた。



「ソフィア様、お待ちを。少々お時間をいただけますかな?」



声の主はハプス男爵である。剃りあげた禿頭の小男で、貴族のなりより僧服の方が似合いそうな風貌をしている。


この爵位の低い小男はソフィアの“仕事仲間”といったところだ。ソフィアと違い処刑の執行官では無く、細作を取り仕切る暗部の長である。



ソフィアは腰に巻いたばかりの剣帯を外した。



元々王宮内での帯剣をソフィアは許されている。肩書きだけではあるが、王位にある者への配慮だ。


しかし登城する度に彼女は剣を預けていた。国も無く議会の席も無い自分が王宮内を帯剣して歩くのは如何なものかと考えている。



外した剣帯をまた門衛に渡す。


そうしてハプス男爵に促され、王宮に逆戻りした。




「ハプス殿、如何なされました?」


「……ソフィア様は……ケイレブ殿下と御昵懇の間柄、とお見受けしております」


「御昵懇……まぁ、その様なものですが、それが?」



ソフィアは少しはにかむ様な表情になった。


ケイレブとの仲は公然の秘密というもので、隠している事では無い。が、諜報を司るハプスの口から改めて云われると、何やら秘密を暴露された様な気分にはなる。



「……お気を付け下さい。不穏な動きが見受けられます」


「不穏……?」


「滅多な事は口に出せませんが……『彼の御方』の手の者と思われます」



『彼の御方』と、ハプス男爵は名を秘する。


しかしソフィアには伝わった。


先にケイレブとの関係を口にしているからには、ハプスの云う『彼の御方』とはケイレブの対立者である。



「なるほど、しかし私が何か出来る訳ではありませんよ?」



毎日登城するならケイレブの身の回りに注意出来るだろうが、ソフィアが登城するのは月に一~二度である。



「お心に留めていただければ……それにソフィア様へ何事かがあるともしれませんので」



自分の身の回りに注意しろという訳である。



「お心配り感謝します」



ソフィアは男爵と別れると、門衛から再び剣帯を受け取り腰に回した。



王太子ケイレブの対立者。となれば第二王子ケイランの事であろう。


ケイラン本人は大人しい気性であるが、取り巻きが宜しく無い。


ケイレブに何かあれば王太子、つまり次期王位継承者はケイランとなる。取り巻き連中にはおいしい話だ。




(面倒な事だ)



ソフィアは城門を出ると王城を振り仰いだ。


しかし、彼女の瞳に探す姿は映らなかった。






────────

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