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女王の斬首線  作者: CGF
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2


東大陸にあるマルファスは正式にはマルファス連合王国という。


いくつかの小国が連合し、対外的には一つの国家の様に振る舞っている。


宗主国はマルファス王国。紆余曲折を経て現在は十余国で構成されていた。



国の数は十余りであるが、王家の数は倍程にもなる。これは連合が歴史を重ねる折々に何らかの理由で統べる領土を失ったからだ。


戦で失ったのでは無い。


たとえば領土経営に失敗し、たとえば連合した事で国家としての意義を失い、隣国へ領土を明け渡す事で地図から消えていったのである。


その為、王家としての血統だけが残ってしまったのだ。


そうした没落王族は、たとえば片田舎で鍬を振り、たとえば宗主国の議会に席を持つ相談役に納まったりしていた。



『女王』の素性も同様である。三代ほど前に没落し、マルファスの王都にて暮らす様になった。


没落して間もなくは議会の席に座っていたが、先代からはそれも辞し質素に暮らしていた。もちろん王候貴族からみての話であり、庶民の質素とは別物である。






『女王』ソフィアは自室に戻ると従者の前にもかかわらず侍女に着衣を脱がさせ、一糸纏わぬ姿になった。


衣服は自ら脱ぎ着するものでは無い。


そのまま浴室に向かい湯槽に身を沈める。


熱い湯に入る習慣はこの国には無い。血の臭いを消す為であろうか。



やがて浴室から現れた女王の身体を侍女がタオルで手早く拭くと、全裸のまま椅子に向かう。


椅子の傍らには老爺が待ち受けている。



椅子に身を預けた女王に老いた男が寄ると、股を開いて浅く腰掛け直す。その股の間に老いた男が進み膝をついた。




老人の手には細い針を束ねた筆。刺青針が握られている。




見ればソフィアの胸の下から順に何やら模様が浮いている。文字にも見えるが、読めない。



老人は模様のその下に刺青針を突き立て、新しく刻んでいく。ぷつり、ぷつり。


時折、手鏡をあて確かめながら老人は作業を続けた。




「終わりましてございます」



老人が下がるとソフィアは姿見の前に立った。


鏡に映る刺青は……読める。


左右を反転させた鏡文字だ。それは先程首をはねた男の名前であった。


以前に掘られたものも同様に名前である。こちらはぼんやりと霞んでいる。


先程まではっきりしていた。これらは『隠し彫り』であった。体温が上昇した場合のみ浮かび上がる仕掛けである。



隠し彫りの鏡文字。



「……うむ」



ソフィアが満足の唸りを上げると、控えていた侍女が部屋着の袖を通させる。


身支度が済むまでの間、若い従者は部屋の隅に控えていた。



「趣味が良い、とは申せません」


「趣味では無い。私は彼等の命を頂いて暮らしておる。これは忘れゆく者を忘れぬ為のもの」



再び腰をおろしたソフィアは愛しそうに腹を撫でた。



「陛下が国持ちでなくて良うございました。国持ちであれば一度の戦で御身に名を彫る肌が残りますまい」


「こやつ、面白い事を云う」



『女王』のくすくすと笑う姿は年相応の娘のそれであった。





──────────


女王ソフィアはよく独りで他出する。


没落したとはいえ王家たる者、また若い身空で王都を単独行動するのは止めていただきたい、と従者の小言など何処吹く風だ。



大観衆に面を晒す処刑人は他に無いのだが、演台から観衆までの距離があり、紅の出で立ちが印象深く、街往く人々に悟られない。



また、侍女か町娘の如き格好で出歩くものであるからソフィアと『深紅の女王』とが街往く人々の頭の中で繋がらないのである。





王都の外れには墓地があり、更にその奥には罪人をまとめた塚がある。


町娘が独り、塚に詣でていた。


抱えた花籠から季節の花を供える。



「……ふむ」



供えた花を少し離れて眺めると、気に入らなかったのか、まとめられた花の見映えを調えた。



「……うむ。そなたらは大いなる光の許へたどり着けたであろうか?」



胸に手をあて瞑目する姿は町娘の所作とは謂えないが、訪れる者とは無縁の塚である。人目は無い。



「……では、いずれまた」



黙祷を済ませた町娘は軽い足取りに戻り街中へ歩を進めた。






「……土産など購うか」



女王に仕える者は少ない。


よく尽くしてくれる忠臣と呼ぶべき者達に、彼女は何か良い土産はないかと市場へと向かった。




市場の雑踏を軽い身のこなしで、縫う様に抜けていく。慣れた足取りは剣の鍛練の賜物と、外出の際に市場へよく顔を出すからだ。


やがて季節の果物や甘味などを扱う店に着いた。



「いらっしゃい!毎度御贔屓に!」



恰幅の良い主がにこやかに声を掛ける。



「小父さんこんにちわ、お菓子の匂いに誘われちゃったわ」


「うちの職人の新作だよ、美味くて売るのが勿体無いくらいさ」


「あら、独り占めなんてよくないわよ?」



カラカラと笑う主に代金を払い、店を後にする。包みから漂う甘い香りが女王の鼻をくすぐった。



「……たまらんな、早く帰るか」



小腹の空いたところに菓子の香だ。


町娘姿のソフィアは足を速め家路についた。





「またその様な格好で出歩いたのですか!?身の危険というものを少しは」


「そう云うな、ほれ、茶受けに良いものを手に入れたのだ。新作だそうだぞ」



ソフィアの見せる菓子の姿をセナはつい覗き込んでしまう。


こうなると小言も口から引っ込んでしまうと分かってやっている。小憎らしいとセナは思いながらも、茶の支度を侍女に指示した。



「セレナ、お前も座れ。一緒にいただこう」


「陛下!私も妹も後でいただきます」


「よいではないか。独りで茶など侘しくていかん」



ほれ座れと席を指す。


従者と侍女の兄妹は顔を見合わせ結局は座る事となった。






────────

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