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ケイラ王女が立太子を認められ、ケイラ王太女となると、祖父母である国王夫妻は安堵のせいか病がちになった。
現国王の退位とケイラ即位の準備が始められ、王配の話が持ち上がり、なかなかに忙しい毎日をケイラ王太女は送っている。
市井の者達が祝賀の気分に浮かれる中、ある夜、寂れた屋敷に一台の馬車が停まった。
二人の男女が燭台を持ち、迎えに立っている。
降り立ったのは王太女ケイラである。忍びの為、目立たぬよう華美さを抑えた姿をしていた。
「ようこそいらっしゃいました」
男の方が応対する。
「出迎え御苦労。一度こちらへ伺うつもりであったが、なかなかに機会が無かった。許せ」
「とんでもございません。亡き御母上も喜びましょう」
男に促され、屋敷に入る。
屋敷の中は暗い。燭台の灯がケイラを先導する。
ケイラは居間へ通された。
「これが……母上か」
居間の暖炉、その上に二枚の肖像が掲げられている。その内の一枚、赤い軍装を纏った女性を見上げて、ケイラ王太女は言った。
「左様でございます殿下」
「……あの、首の線は何か?首飾りでは無さそうだが?」
「あれこそ陛下の王家に伝わる斬首線にございます」
男は燭台の灯を肖像画に近付け、よく見える様に照らした。
「御母上が王家は代々『王たる者、責任を持って民を安堵すべし』との戒めにあの刺青を彫る習わしであると聞き及びます」
燭台に照らされた母の姿は凛々しい。
「私によく似ている。髪の色は違うが」
「御意……この肖像画、御母上はお気に召さなかった様で」
「ほう……?私には凛々しく見える。噂通りに」
「……色気が無い。と仰せでした」
思わぬ言葉にケイラ王太女は噴き出した。
「母上は、洒落がお好みだったのか?」
「左様でございます、私などよく振り回されました。その様子を見て喜んでおられました」
「兄上、口が過ぎます」
女の方がたしなめる。
「よい。二人とも大儀であった、これからもこの屋敷を守ってくれるとありがたい」
「もったいない御言葉です」
数年後、ケイラ王太女が即位し、ケイラ女王として立った時、その首には点線状の刺青が施されていたという。
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数百年の時を経て、マルファス連合王国は少しづつ吸収合併を繰り返し、マルファス統一王国となった。
今では連合傘下であった小国の物語など、学究の徒でなくば知る者もいない。
マルファス統一王国は好戦的な国では無い。守りには堅いものの、自ら他国へ攻め入る様な国ではなかった。
しかしながら、マルファス出身の自由騎士、傭兵、冒険者などは近隣諸国に於いて勇猛さを称えられている。
こういった、武によって身を立てる者達はどの国の出であっても、己を鼓舞する為か、はたまたこけおどしの為か、その身を刺青やピアスなどで飾る風潮がある。
マルファス出の武辺者達によく見られるのが、首に点線状の刺青だ。
彼等はこれを『女王の斬首線』と呼んでいる。
謂れを聞けば皆『取れるものなら取ってみせろ』という意味だと豪語する。
まれに『己を戒める為』と答える者もいるが、詳しい謂れについては知られていないそうである。
他には『首をはねるのが好きな女王がいた』とか『昔、処刑人が好んで彫った』のだとか……
兎にも角にも、この『斬首線』を首に彫った者達が勇猛である事は、よく知られた事実であった。
これは歴史に埋もれた物語。
女王ソフィアの名は今や誰も知らない。
ただ、彼女の首の刺青だけが、謂れも知られぬまま今も引き継がれている。
──────終