15
春が過ぎ、夏となった。
女王ソフィアは産まれたばかりの赤児に乳を含ませていた。
「……目鼻立ちは私に似たか」
赤児の髪はケイレブと同じ色だが、顔付きはどことなく女王に似ている。
「名前はどうするのだ?」
ローワン看守長が執務机の向こうから声をかける。
「国王陛下が名付けよう。罪人の私が付けるべきでは無い」
「……そこまで徹底せずともよかろうに」
赤児が眠ったところを見計らい、ソフィアは乳母役に預けた。
今日、この赤児は王宮へ旅立つ。
「そこまで慌てずとも、一年ほどは手許に置けばよかろうが?」
「執行を一年待ってもらったのだ、充分さ。乳をやる事も出来た」
出産後すぐに刑の執行を求めたソフィアである。ローワンに諭され赤児の首がすわるまで留められたのだ。
「……気持ちは変わらんのか?陛下も恩赦を賜ると」
「変わらんな、不思議と変わらん。どうやら自分でも気付かなかったが、あの馬鹿に惚れていたらしい」
そんな言葉にソフィアとローワンは苦笑する。
「王太子殿下を馬鹿呼ばわりしていた時点で、惚れているのが明白だ」
「む?……なるほど、自分では取り繕っていたのに公然の秘密となっていたのはそのせいか」
「馬鹿話はこのくらいにして見送りに出ようではないか」
赤児を抱いた乳母役が舟に乗り込む。
赤児はすやすやと眠っていた。
「……さらばだ、娘よ」
赤児を起こさぬ様に、舟はしずしずと川を渡り始めた。
ふと、ローワンは隣に立つ女王を見た。
「淋しくは無いのか?」
「安堵しておる」
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見物のざわめきが広場を埋めていた。
大観衆の見守るなか、ソフィアは演台にのぼる。
彼女にとっては見慣れた光景。
違うのは自分が朱の軍装を着ていない事。
女王は指図されぬ前に跪いた。
両膝の間に首桶が置かれる。
歓声が高くなった。
アロン執行官が演台に立ったのである。
アロンはソフィアに一礼した。
「ソフィア陛下、御無沙汰致しておりました」
「息災でなによりだ。研鑽に勉めたかな?」
「存分に」
「……では、この首で確かめよう」
アロンが『贖罪』に聖水を掛けた。
「どなたかにお残しする言葉があれば……」
「無い。が……薬酒を所望したい」
「堂々としておられます」
ソフィアはアロンを見た。
「いや、怖い」
それからアロンに最後の教えを与えた。
「よいかな?たとえ堂々と立ち振る舞っていても、心は粟立つものだ。必ず薬酒を勧める事」
「御意。御言葉に従います」
ソフィアはふとおかしみを覚えた。
娘や従者兄妹に言葉を残さず、自分の首をはねようという若者に残す。
「陛下、薬酒でございます」
「うむ」
杯を空け、広場に射し込む陽の光を見た。
薬酒の効果で、意識が浮遊する。
彼女の前に大いなる光への道が伸びた。
(……おや?)
ソフィアの瞳孔の開いた視界に人影が映った。
(なんだ、迎えに来たのか?そなた、せっかちだな)
執行します、という声が聴こえた様な気がしたが、注意は向かなかった。
(向こうには良い女子はおらんのか?私なぞ待たぬでも良か)
唐突にソフィアの意識は絶たれた。
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