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近衛に所属していただけあって、アロンはすぐ剣の振りに慣れた。
「本来正剣は鎧の上から骨を砕くのを目的としている。しかし斬首剣は関節を正確に狙わねばならぬ」
設えられた長椅子に腰を下ろし、ソフィアはアロンの訓練を指導していた。
執拗に剣の振りを注意する。
「鍛冶師が一振り一振りに丹精を込める様に、全身に意識を集中させよ」
ソフィアの指導によりアロンの剣は鋭さを増していった。
望めるだけの正確さを得たと見て、ソフィアは人を介して『あるもの』を用意した。
死体である。
「ソ、ソフィア殿?」
「よく見る様に。首の後ろ、この位置だ。処刑際にはここを狙う」
墓守りに金を与え、用意した死体。その一つを跪かせる様に固定する。
ソフィアは『贖罪』を鞘から抜いた。
「これを振るうのも最後だろうな……」
刀身を確かめ、用意された聖水をかける。本番さながらに執り行う姿をアロンに見せる。
「所作の一つ一つに意識を集中する事。政道に叶うといえ、人一人の首をはねるのだ、手抜かりがあってはならぬ」
死体の傍らにソフィアは立つと、『贖罪』が唸った。
首桶に頭が落ちる。
「骨に当たると歯こぼれが起きるだけではない。相手を不必要に苦しめる事にもなる」
首をはねた死体を片付けさせると、次の死体を跪かせる。
アロンに『贖罪』を手渡した。
「これらの死者には罪は無い。遺族に頼み献体されたものだ、心する様に。では始めよ」
何日かに一度、罪無き死体が運び込まれ、はねられた首を胴に縫いつけられて埋葬された。
次にソフィアは十数人の男女を集め、アロンをその前に立たせた。
「この者達は皆役者だ。アロン殿は今まで処刑見物をした事は?」
「一~二度ございます」
「では解るだろうが、民は見物の際異常な程に熱狂する。一つ間違えば暴動にも発展しよう。処刑見物は民の不満のはけ口でもある。それをコントロールし満足させるのも執行官の役目」
ソフィアがそう言うと、打ち合わせた通りに役者達が大声をあげ、騒がしくなった。
「これを鎮め、処刑を執行せねばならぬ。本番では数十倍する民衆を相手にする、気を引き締めよ」
それからしばらくの間、屋内訓練場は騒がしい一日を繰り返す事となった。
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冬の寒さが和らぎ、木の芽が綻ぶと、女王ソフィアは王宮を辞し、監獄島へ居を移す事となった。
国王夫妻へ別れの挨拶をする。引き留められたが、いつまでも甘えてはいられないと頭を下げた。
「出立の用意が出来ました」
セナ・セレナ兄妹と共に馬車に乗り込む。
「さすがに腹が出て来ると乗り降りも面倒なものだな」
にこやかな顔で席につく。
三人を乗せた馬車は大通りを郊外へと進んだ。
「屋敷にお寄りになりますか?」
「いや、そのまま行こう」
生まれ育った屋敷を目にすれば心が揺らぐとばかりに、女王は馬車を進めさせた。
自然、兄妹の顔が暗くなる。
馬車は街並みを抜け、王都から街道を、街道から田舎道へ。
馬車の窓から移り変わる風景が流れる。
「アロン様は……任務を続けられましょうか?」
「なに、最後には役者どもを黙らせる事が出来た。あれなら心配する事もなかろう」
春の祈願祭が終わり、夏ともなれば休止されていた処刑が執行されていく。
「私の番が来る頃にはいっぱしの処刑人となっているかもな」
「その様な……笑えない冗談です」
馬車が監獄島を臨む船着き場に停まった。
荷物を舟に載せ、そのまま乗り込もうとする従者兄妹を、しかし女王は止める。
「セナ、セレナ。ここでお別れだ」
「陛下!?」
「っ……」
「今までよく尽くしてくれた。礼を言う」
「そんな!?貴人には従者の同行が認められております!どこへ行けと云うのですか?」
ケイレブ王太子を護れなかった責というが、誰もソフィアに責を負えとは云っていない。
ソフィアが望んだ事である。
ならば従者がついて何が悪いというのか?
「二人には屋敷を下賜する。住むなり売るなり好きにせよ」
ソフィアは舟に乗り込むと、二人に別れの挨拶をした。
「さらばだ、兄妹仲良く暮らせ。なに、身の回りならローワン殿にはかってもらうから安心せよ」
「陛下!」
進み行く舟に向かってセナは声を張り上げ、セレナは頭を下げた。
それが従者兄妹の女王ソフィアを見た最後であった。
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