初恋ストロベリードーナツ
今日も僕はきーちゃんを迎えにいく。駅ビルの予備校から行ったり、商店街を通ったり、日によっては違う道で行くけど、これは最近一ヶ月位の僕の日課だった。今日はバイト先から歩いて、駅の改札についた。
「Y!」
「きーちゃん、今日は帰ろう。Fから実験が長引くからごめんって連絡きたんだ」
「そっかあ、今日も忙しいんだ・・・まあしょうがないか!明日は会えるかなー 最近会えてないんだよ??」
ほっぺをふくらませながら朗らかに笑うこの子は、僕の幼なじみで僕がずっと恋してるきーちゃん。昔からやんちゃで中学の頃からギャルになり始めたけど、明るくて優しくてかわいい女の子だ。
住宅街に入っても僕ときーちゃんはまだ一緒にいた。だって僕達は隣の家同士だから。きーちゃんはくるくると巻いた髪を揺らしながら笑う。
「Fったらねぇ、教授が何限がーって大学の話ばっかりするんだよ」
きーちゃん、大学行きなよって喉まで出かかったけど口下手な僕はぐっと堪えた。
「・・・そっかあ」
そのうち僕達は家について別れた。ばいばいってあどけない声は僕の耳に馴染んでいつでも思い出せた。
きーちゃんの恋人で僕ときーちゃんの幼なじみのFが死んだのは三ヶ月前。きーちゃんとのデートの帰り道、持病の発作であっけなく死んでしまった。体が弱くて、小学校の頃山が近い隣町に引っ越してしまった。Fが引越すと知った時、三人でよく遊んでいたから僕もきーちゃんもわんわん泣いてFを見送った。葬式にはFの友達らしき人が沢山いて僕は勝手に肩身が狭い思いをした。そこにはきーちゃんの姿はなかった。
当然僕はきーちゃんが心配だった。おばさんに聞くと、彼女はすっかり落ち込んで元気がなくてそれでも大学は真面目に行っているという話だった。きーちゃんが通学できて良かったって思うより、Fがいなくなったんだから、と考える自分を僕は醜いと思った。
きーちゃんがおかしくなったのはそれから一ヶ月が過ぎた頃だった。僕達の住んでる町の最寄り駅の改札に立ってるようになった。初めの頃は大学が終わった頃の時間だったけど、そのうち一日中立ってるようになった。中途半端な田舎だけど、田舎は田舎だ。きーちゃんはすぐに有名人になって、警察に保護されたりした。でも夕立がすごい日も台風が来た日も居るからいい意味で放っておかれるようになった。いい意味というのは駅員さんが時々声をかけたりお節介なおばあちゃんがおにぎりやお茶を差し入れたり、そんな事だ。
きーちゃんはFと一緒に入った大学に行かなくなった。きーちゃんは毎日改札前で立ってる以外は普通通りのきーちゃんだった。僕はそれが悲しかった。
今日はバイトの給料日だった。ファストフードの調理担当。人と関わるのが苦手な僕は友達も少なくて、彼女なんてできた事なかった。きーちゃんは彼女じゃないけど、僕の暗い毎日の終わりにきーちゃんを迎えに行くことは僕の楽しみだった。
「Y!どーしたの?偶然だねぇ」
偶然なんかじゃない。振り向いたきーちゃんの右耳の三つのピアスがきらりと光る。
「今日もFが実験長引くって。帰ろう。」
くだらない嘘を吐いて、それにうん、帰ろっかって寂しそうに返すきーちゃん。この瞬間だけは何ヶ月経っても慣れなかった。
きーちゃんは今日はドーナツの100円デーだから、大好きなストロベリーリングが食べたいってごねた。今日給料日って言ってたじゃんってにやりと笑うきーちゃん。そんな事言われたら奢るしかない。僕達はドーナツショップに寄った。
「高校の時原付で家出したら、Fったら自転車で追いかけて来たんだよ?過保護だよねぇー」
「この前行った水族館でね、わたしは魚が見たかったのにFはガラスの屈折率がどうたらーってずーっと語ってたの!」
うん、そうなんだって相槌を打ちながらもちもちしたドーナツをかじる。
きーちゃんが家出したのは知っていた。あの時僕はきーちゃんを探して住宅街を自転車で爆走していた。この前の水族館っていうのは四ヶ月は前の事だろう。夏に偶然Fと会った時、きーちゃんがどんなにかわいい顔して自分を呼ぶか話していたから。今日はきーちゃんと別れても後味の悪い一日だった。
それからも僕は毎日きーちゃんを迎えに行った。大雪が降った日はバイトから走った。桜が咲いた日は少し遠回りして川沿いの道を帰った。春は毎日桜の花見だったけど、ある日きーちゃんが、
「ゆうた」
って見たことないくらい優しい顔して笑った。もうすぐ来る初夏、一年前にFが死んだんだっけって思い出した。ああもうだめだなって僕は思った。
結局きーちゃんはFの命日に電車に乗ってどこかへ行ってしまった。その後警察が調べてもきーちゃんは見つからなかった。
今日はドーナツの100円デー、僕はきーちゃんの大好きなストロベリーリングを食べた。ぱさぱさしてつぶつぶして砂みたいな味だった。